北朝鮮ミサイル「ノドン」命名の謎を解く
8月3日朝、またしても北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ノドン」が、日本海に向けて発射された。安倍晋三首相は、「わが国の安全保障に対する重大な脅威であり、許し難い暴挙だ」と北朝鮮を非難した。
それにしても、北朝鮮のミサイルの名前は、「ノドン」だとか、「テポドン」だとか、日本人からすると、何となく強そうな、破壊的な響きがするのはなぜだろうか。北朝鮮は、日本人に対する「威圧」も計算に入れて、名前を付けているのだろうか。
『日本語の謎を解く』の著者で、朝鮮語をはじめ世界各国の言語に精通している慶應義塾大学非常勤講師の橋本陽介さんに話を聞いた。
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たしかに恐竜みたいな名前なので、恐ろしげに響きますね。ちなみに、恐竜の「ドン」はギリシャ語の「歯(odon)」という単語に由来していますが、もちろん「ノドン、テポドン」はこれとは関係ありません。
また「ドン」は、日本語では「爆発」を表す擬音語なので、まさにミサイルを象徴しているように聞こえます。日本語では「ドンドン」「ゴンゴン」「ゴロゴロ」など、濁音で始まる言葉は、「重い、鈍い、荒い」などのイメージとつながっていると考えられています。
しかし、「ノドン」も「テポドン」も、じつは北朝鮮が付けた名前ではなく、アメリカが勝手に付けた名前です。ノドンは「盧洞」、テポドンは「大浦洞」という場所で確認されたので、地名をそのままコードネームにしたのです。北朝鮮自身は、ノドンには「火星」、テポドンには「白頭山」「銀河」などという名前を付けています。つまり、北朝鮮のミサイルが日本人にとっておどろおどろしい響きを持つのは、まったくの偶然に過ぎません。
ところで、私はつい最近まで、「ノドン」を漢字で表記する場合は「労働」だとずっと思い込んでいました。実際、93年にノドンが初めて日本海に発射された当時は、日本の報道でも「労働1号」と表記されていたようです。たしかに韓国語で「ノドン」といえば「労働」の意味ですし、いかにも共産主義国家の北朝鮮らしい名前ですから、そのような誤解が生じてしまったのでしょう。
このような勘違いが生じた背景には、韓国・北朝鮮ともに、漢字表記をやめて、ハングル表記に変えてしまったことがあります。韓国ではまだ漢字で表記する単語も残っていますが、北朝鮮は完全にハングル表記に移行してしまいました。ハングルは表音文字なので、文脈がなければ同音異義語の識別ができません。
ちなみに北朝鮮では、「盧洞」は「ロドン」と発音し、「로동」と表記します。英語表記も「Rodong」となっています。しかし、韓国で「盧洞」は「ノドン」と発音し、「노동」と表記します。つまり日本語表記の「ノドン」は、韓国訛りということになります。