民主でも自民でも相変わらず困った「B層」の研究――適菜収(哲学者)
あの民主党政権よりは自民党政権のほうがマシ。酒場でクダを巻きながら、したり顔でそう語っているあなた、貴殿は典型的な「B層」かもしれません……。「愚民」が大手を振る現代日本の状況をどう見ればよいのか。B層の研究2016年夏バージョンをお届けする。
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〈饑饉(ききん)が原因の暴動では、一般大衆はパンを求めるのが普通だが、なんとそのためにパン屋を破壊するというのが彼らの普通のやり方なのである。この例は、今日の大衆が、彼らをはぐくんでくれる文明に対してとる、いっそう広範で複雑な態度の象徴的な例といえよう〉(オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』)
7月10日の参院選の結果を見て、最初に思い浮かんだのが、この一節だった。私は今の時代を表すキーワードとして「忘恩」「思い上がり」を挙げることができると思う。変革、改革、刷新と騒ぎ続けて四半世紀。変革を求める心情は、多くの場合、過去に対する無知と忘恩に起因する。
改憲勢力3分の2確保――。私は憲法は変えるべきだと思っている。しかし、欺瞞に満ちた「お試し改憲」、すなわちなんとなく改革したほうがいいという空気には吐き気を覚える。
オルテガは、人類が築き上げた組織の受益者たる大衆が〈それを組織とは考えず自然物とみなしている〉と指摘し、〈彼らの最大の関心事は自分の安楽な生活でありながら、その実、その安楽な生活の根拠には連帯責任を感じていないのである〉と喝破した。
彼らは、文明の中に〈奇跡的な発明と構築〉を見てとらない。恩義を感じるどころか、破壊の中にしか生の根拠を見出すことができないのである。
2014年1月22日、世界経済フォーラム(ダボス会議)で、総理大臣の安倍晋三は「(自分は)既得権益の岩盤を打ち破る、ドリルの刃になる」「そのとき社会はあたかもリセット・ボタンを押したようになって、日本の景色は一変するでしょう」と発言した。どうやらその日が近づいてきたようである――。
私がB層の問題を最初に扱ったのは、2011年に上梓した『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』(講談社+α新書)である。当時は民主党政権下であり、雑誌等に書いた民主党批判も組み込んだ。
B層とは2004年に自民党が広告会社につくらせた企画書に登場する概念である。そこでは郵政民営化を実現するための戦略が述べられ、国民がA層、B層、C層、D層に分類されている。A層は「構造改革に肯定的でかつIQが高い層」。B層は「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」、一言で言えば改革バカ。C層は「構造改革に否定的でかつIQが高い層」、真っ当な保守がこれにあたる。D層には特別な説明はない。
この企画書では〈具体的なことは分からないが、小泉総理のキャラクターを支持する層〉、主婦層、シルバー層などをB層と規定している。B層は構造改革の性質を知らないし、知ろうともしない。ただ、変革、改革、刷新という言葉に引きずられていく。郵政選挙では、このB層に向けて「改革なくして成長なし」「聖域なき構造改革」といった小泉純一郎のワンフレーズ・ポリティクスがぶつけられた。要するに、問題を極度に単純化することで、普段モノを考えていない人々の票を集めたわけだ。こうして世の中の大多数を占める判断ができない人を煽動するマーケティングの手法が、露骨に政治に組み込まれるようになっていく。
民主党が政権の座をつかんだ日、私は自分のウェブサイトにこう書いた。
〈本日、2009年8月30日、民主党が大勝しました。民主党に投票した人間は「自民党に対するお灸」のつもりでしょうが、この先間違いなく「国民に対するお灸」になるはずです〉
そして民主党政権が倒れた日にはこう書いた。
〈この3年間に対する本質的な反省がない限り、自民党に政権が交代しようが、同じことの繰り返しになるはずです〉
「オレには先見の明がある」などと言いたいのではない。煽動する側であるA層と煽動される側であるB層による大衆運動が発生している以上、こうなることはサルでもわかる。
当時、私は民主党政権のグローバリズム路線、移民政策、独裁的な手法、政府と与党の一元化、内閣法制局長官の答弁の禁止などを批判していた。いわゆる「保守論壇」も民主党を批判していた。
ところが、同様の「改革」をより急激に進める安倍政権に対して、連中は恥じらいもなく絶賛を始めたのである。憲法の恣意的な解釈、デフレ下の増税、TPP、移民政策、農協や家族制度の解体……。同じようなことをやっても、偏向メディアが安倍のおでこに「愛国」「保守」のシールを貼り、鳩山由紀夫や菅直人のおでこに「反日」のシールを貼れば、B層はコロリと騙される。
ちなみに鳩山政権発足時の支持率は71・1%、最後は19・1%である。菅政権発足時は61・5%で最後は18%。野田政権発足時は60%で最後は20%だ。「ふわっとした空気」に流されては、後から「騙された」と騒ぐような人々が、差し引き40%から50%いるわけで、政権が交代したところで、彼らが地上から消え去るわけがない。パッケージを変え、シールを貼り変えれば、性懲りもなく同じようなもの、あるいはもっとタチが悪いものに飛びつくのだ。
以前本誌(「週刊新潮」)に「跋扈する愚民『B層』をC層は止められるか」(2013年8月15・22日号)という記事を書いた。あれから3年、真っ当な保守は、ほぼ壊滅状態。結局、誰も反省しなかったのである。
B層は言う。
「それでも自民党は民主党よりマシだ」「安倍さんの他に誰がいるのか」「対案を示せ」「自民党の失政というが、民主党も同じようなことをやっていた」「だったらお前が政治家になれ」……。自分の判断が間違っていたことを認めたくないので整合性を図ろうとする。心理学でいう認知バイアスだ。自己都合で事実を歪めて認知してしまうのである。
■痩せたらモテる?
今、エロ本の販売部数が激減しているらしい。知り合いの雑誌編集者に訊いたところ、業界自体が低迷しているし、年寄りもインターネットをやる時代なので、ほとんど虫の息だという。
エロ本の定番といえば、包茎手術の広告だろう。「包茎のままでは女のコにモテないゾ」などと情弱(情報弱者)な若者を脅す商売だ。さらに「病気になる」「早漏になる」などと追い討ちをかけられ、不安と恐怖に打ちのめされた若者はバイトで貯めたカネを握って「やさしい」院長のいるクリニックの扉を開く。
しかし、チンポを見てから彼氏を決める女のコなどいるはずもない。
女性誌の定番のダイエットの広告も同様。「夏に間に合う」「わずか10日間」などと謳い、「彼氏ができた」といった購入者の喜びの声をでっちあげる。普通に考えれば、ブスが痩せたところでモテるわけがない。モテない原因は別のところにある。
「改革しなくちゃ日本は生き残れないゾ」「憲法を変えないと自信を持てないゾ」「集団的自衛権がなければ日本を守れないゾ」と脅せば、仮性包茎の情弱がコロリと騙される。
先にも触れたように、私は憲法は変えるべきだと思っている。9条に限れば、独立国が軍隊を持つのは当然だし、憲法の矛盾は改正により解決しなければならない。ただし、小学生の落書きレベルの自民党の改憲案に乗るくらいなら、今の憲法のほうがはるかにマシ。憲法に道徳の問題を持ち込んだり、変えてはならないところを重点的に変えたり。
安倍は憲法を改正して一院制や道州制の導入を目指すという。首相公選制を唱える「おおさか維新」ともつながっている。どこをどう変えるかが重要であり、「改憲すればすべてよし」というのは「改憲すれば戦争が始まる」というお花畑系左翼の思考停止と同じ。問題は、不安と恐怖に打ちのめされたB層が、9条改正というエサを与えられれば、まわりに汚物がついていても食べてしまうことだ。
左翼も同様の問題を抱えている。彼らの安倍政権批判が効力を持たない理由は簡単で、左翼はもともと教条的な近代主義者だが、この四半世紀、急進的な近代主義革命が政権中枢において発生しているからだ。よって、安倍の暴走を阻止するためには、左翼は本質的な部分で自分の立ち位置、世界観を見つめなおす必要がある。それができないから、表層的なところで政治的対立が偽装され、粛々とおかしな法案が通っていく。
■「革命気分」
今回の参院選では、選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる改正公選法が国政選挙としては初めて適用されたが、ある若者が「もっと多くの若者が国政に出て、市民の声を届けてほしい」とインタビューに答えていた。それで、今日本にとって一番大切な政策は何だと思うかと質問されると「議員定数の削減」であると。議員数を減らせば、当然、「市民の声」は政治に届きにくくなる。要するに、自分が何を言っているのかすらわかっていないのだ。
某テレビ番組が、渋谷にいた10代の有権者にアンケートをとったところ、「ポスト舛添」にふさわしい人物として第1位になったのが橋下徹だった。選挙権年齢の引き下げの危険性を示すような事例であるが、かといって大人がまともなわけでもない。
東京選挙区で当選した元バレーボール選手の朝日健太郎は、自民党の改憲問題について質問され、「新人なんで党の方針に従うだけです」と返答。
自民党比例代表で当選した元アイドル歌手の今井絵理子は、米軍基地問題について質問され、「わからない」「これから勉強します」と返答。選挙中には「選挙に忙しいので政策の話をしている暇はありません」と答えている。
おおさか維新の候補者に、参院議員になったら一院制の導入を目指すという女のコがいた。冗談かと思ったが本気らしい。幸いにも彼女は落選したが、参院の役割を知らない人間が参院議員になろうとしていたのである。
チンパンジーにジャンボジェット機の操縦を委ねたらどうなるか。しかし、B層社会において国民の生命・財産を預かっているのはこうした人材なのである。
オルテガは言う。
〈大衆は精神といっさい関係をもとうとしないし、新世代は、この世界が、あたかも過去の痕跡(こんせき)をもたず、昔からの複雑な問題をもたない楽園であるかのように考え、自分たちの手に世界の支配権をとろうとしたのである〉(同前)
「身を切る改革」などと言いながら、良識も見識も知性も恥も外聞も、すべてを切り捨てた結果、残ったのは「思い上がり」と「革命気分」だけだった。
既得権益を持った連中が、「既得権益を壊せ!」と叫べば、ルサンチマン(恨みつらみ)に支配されたB層は、脊髄反射的に国や社会の破壊に駆り立てられていく。ポテトチップスを食べながら、ぼんやりワイドショーを見ているうちに、巨悪に加担してしまうのが近代社会なのだ。
愚鈍は犯罪である。
「特別読物 民主でも自民でも相変わらず困った『B層』の研究――適菜収(哲学者)」より
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