どういう人がヤクザになるのか(3) カタギの私たちがリスクを負わされる
暴力団を無くしたら
これまで2回にわたって、ヒトがヤクザになる要因を見てきた。すでに取り上げた家庭、学校の問題は要因の一部に過ぎない。
それ以外にも、仲間の問題、生まれ育った地域の問題、そしてさらに本人の個人的な資質(性格など)があるのは言うまでもない。
いずれか一つの要因でヤクザになるというよりは、数多くの要因がすべてあてはまってしまった時に、ヒトはヤクザになりやすい。犯罪社会学者の廣末登氏は、著書『ヤクザになる理由』の中で、そう指摘している。
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こうした分析にたいしてはさまざまな意見があるだろう。「家庭のせいにしないで欲しい。偏見を招くから」「最大の問題は地域だ」といった声も実際に寄せられた。
また、「どっちにしてもクズはクズ。そんな奴らのことを調べて意味あんの?」といった厳しい意見もある。こういう意見の方の中には、
「警察がどんどん摘発してしまえばいいこと。暴力団なんて無くしてしまえばいい」
と考える方もいるだろう。
こうした考えをもとにしてか、近年、各自治体で暴力団排除条例が施行され、暴力団と接点を持っただけでも企業や一般市民が罰せられる環境が整えられた。これによって、暴力団を弱体化させていければ……というのが条例の狙いだろう。
実のところ、ごくシンプルに考えれば、暴力団を潰し、暴力団員をなくしてしまえば万事OKだろう、という気もする。
しかし、話はそう簡単ではない、と廣末氏は『ヤクザになる理由』の中で指摘している。以下、同書をもとに問題点を解説してみよう。
再就職率は1%
「暴力団離脱者の数は警察の発表では、増加し続けています。
『組を抜ける人が多いんならいいじゃないか』
そう思われるかもしれませんが、事はそう単純ではありません。以下、2010年度以降の離脱者と、就職者数を見ていきましょう。就職は、警察や暴力追放運動推進センター、労働局、刑務所、民間の協力者による社会復帰対策協議会の連携支援による、とされています。
・2010年度 暴力団離脱者 630人 就職者数 7人
・2011年度 暴力団離脱者 690人 就職者数 3人
・2012年度 暴力団離脱者 600人 就職者数 5人
・2013年度 暴力団離脱者 520人 就職者数 9人
この4年間での離脱者数は合計2440人で、就職者数は24人。就職率は1パーセントにも満たないのです。
残りの99%の元組員は、一体どうなったのでしょうか。
暴排条例においては、暴力団を離脱しても、一定期間(おおむね5年間)は、暴力団関係者とみなされ、銀行口座を開設することも、自分の名義で家を借りることもままなりません。暴力団離脱者(と、その家族)は社会権すら制限されています。だからと言って、暴力団員歴を隠して、履歴書に記載しないと、虚偽記載となる可能性があるのです」
より危険な存在に
「『いやいや、暴力団員だったのだから、それは自業自得でしょう。いまは、まじめに生きていても仕事に就くのは大変なんだよ。暴力団だった人にそのような“きめ細かい配慮”は不必要でしょう』
そういうご意見もあるかと思います。一種の自己責任論の立場です。
しかし、日本国憲法の下では誰しも平等に生きてゆく権利を有しています。たとえ、暴力団離脱者であったとしても、奥さんや子どもさん、親兄弟はもちろんのこと、本人にも生存権や幸福追求権は認められています。しかし、暴排条例は、暴力団離脱者(と、その家族)に対して、彼らの生存にかかわる重大な問題を生じさせています。
しかも日々を生きるために、彼らは、稼がなくてはいけません。合法的に稼げなければ、非合法的に稼ぎます。彼らが組織に属していた時には、『掟』という鎖がありました。
しかし、離脱者は掟に縛られませんから、金になることなら、どのような悪事にでも手を染めます。正真正銘のアウトロー(掟に縛られぬ存在)の誕生です。
このように、暴排条例は、社会に大きな変化をもたらし、危険な歪みを生んでいるのです。もしかしたら、わが国の組織犯罪の性質を一変させ、より悪いものへと変質させる可能性すら孕んでいるのです。
たとえば、覚せい剤を暴力団組員が扱うと、表向きは組織の掟破りということで処罰を受けます(実際は黙認していたとしても、組員が警察に検挙されたりすると、破門などの処分を受けます)。しかし、暴力団を辞めた人が覚せい剤をシノギにすることには、何の不都合もありません。さらに言うと、彼らが未成年に覚せい剤を販売しても、何のとがめも受けません。
そうであるとすれば、今後、市民は、“前門の虎、後門の狼”の状態に置かれる可能性を否めません。暴排条例にもとづき、暴力団を排除する一方で、アウトロー化した暴力団離脱者という新たな脅威からも身を守らなくてはならないかもしれません」
暴力団員や元暴力団員を本当に抹殺したり、一生収監しておけば、リクツの上では脅威にはならないかもしれないが、そのようなやり方は非現実的なのは言うまでもない。
廣末氏は、「行き場のない大量の暴力団離脱者から転じたアウトローの跋扈は、我々一般人にとって、相当にヤバイことになる危険性を孕んでいるのです」と指摘している。つまり、下手なやり方で「暴力団殲滅」をすると、より社会全体のリスクが高まる危険性も考えておかねばならない、ということだ。
いささか逆説的な言い方だが、カタギの真っ当な人たちが安心して暮らせるようにするには、ヤクザについて真面目に考える必要がある。社会全体で離脱者の更生や、ヒトをヤクザにする社会的な要因を減らす手立てを考えていく必要があるのだ。