薬物乱用少女は「手の掛からない子」だった――家裁調査官があぶり出す真実
前回に続いて、家裁調査官の手掛けた事件を見てみよう。
家裁調査官は、捜査権や逮捕権などは一切持たない。地道な調査と、当事者とのカウンセリングだけを「武器」に、様々な問題の解決に当たるのだ。
相手が未成年の場合は、保護者とも面接をして問題の所在を明らかにしていく。
長く家庭裁判所調査官を務めた村尾泰弘氏村尾氏の新刊『家裁調査官は見た――家族のしがらみ』をもとに、薬物乱用少女のケースを紹介しよう。
マキコ(仮名)は17歳の少女だ。薬物を使用しながら自動車を無免許運転していた。ふらふらと妙な走行状態だったため、警察官が職務質問したところ、薬物乱用が発覚した。このときは彼氏(20歳)も同乗していたという。
村尾氏は、まずマキコの母親を呼び出し、「マキコちゃんは小さい時はどんな子だったんですか」と尋ねるところから面接を始めた。すると、母親は胸を張って「すっごく良い子で、手の掛からない子でした」と答えたのだ。
村尾氏は言う。
「非行少年の調査をすると、このように言う母親が案外多いのです。問題となるのは、次の二つでしょう。ひとつは母親がきちんと子どもを見ていない場合、もうひとつは、支配的な母親が子どもをがんじがらめにして育てている場合。
ですから、『手が掛からない子』と聞くとつい要注意と考えてしまいます」
この母親は、マキコの父親である夫とかなり前に別居していた。母親が家を出たのでなく、夫を追い出した形という。その後母親は働きに出るようになり、まだ赤ん坊だったマキコを自分の母親に預ける。それ以降、マキコは17歳になるまで祖母と暮らしたままなのだ。
村尾氏は、次にマキコ本人と面談することにした。
無免許運転、薬物乱用の事実とは裏腹に、内気でおとなしそうな印象の少女だったという。(以下、同書より引用)
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「手の掛からない子」がなぜ薬物乱用を?(イメージ)
「君は一人で薬物を吸うことが多いの? それとも何人かですることが多いの?」
すると、「一人でするのは怖い」という返答が返ってきた。
「一人でするとね、薬物をやめなさい、というお母さんの幻覚が出てきたり、お母さんから見捨てられるような光景が目の前に浮かんできたりする。すごく嫌な気持ちになる」
「友達と一緒に吸うと楽しい。おしゃべりになってきて楽しいし、友達の話を聞いていても面白い。そして自分の中の別の面が出てくる」
「何をしても怖くないという気持ちになる。例えば、薬物を吸ってる途中で友達と揉めるでしょ、そういうとき、何をしてもへっちゃらという気持ちになって、物を持ち出したり、ええい、殺しちゃえとか思った時もある。でも覚めると、そんな気持ちになった自分が怖くなって、冷や汗が出る」
さらに心理テストなどをしてマキコの内面に関わっていくと、この少女は変化を見せ始めた。「無口な少女」がどんどん雄弁になっていったのだ。
そして、意外な生活実態も明らかになった。
マキコは彼氏と半同棲のような生活をしている。その模様を聞いていくと、どうもマキコは彼氏を尻に敷いて支配している様子なのである。
この子は「無口で内気」「すっごく良い子で手のかからない子」だった。しかし、母親が語っていたのは、母親が作り上げた人格像であり、本来のマキコは、勝ち気で支配的な、母親そっくりの性格だったのである。
さらに言うと、マキコはその本当の自分を生きていない。ところが、薬物を使うと、押さえつけられている本当の自分が出てくるのである。それはマキコにとって非常に強い快感なのだ。
薬物はもちろん有害であり、絶対に使用してはいけないことはいうまでもない。しかし、薬物には、このように自分の抑圧している部分、押し殺している部分、そういう面をぐーんと引き出すような作用もあるのだ。だから気持ちが良いのだ。
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村尾氏はここから、マキコに薬物をやめさせるための指導を開始した。
特に重要視したのは毎日の生活リズムを安定させることだったという。同じ時間に起床し、三度の食事をとるという規則的な生活を実践させた。母親にも協力を求めた。その一方で、押し殺している自分を回復させるようなカウンセリングを継続的に行ったのだ。
そして彼女は薬物を絶つことに成功する。
「知られざるエキスパート」家裁調査官は、担当する事件ひとつひとつについて、地道な面接と経過観察を続けていく。
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