佐藤天彦新名人90分インタビュー(2) 将棋界の“貴族”

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“絶対王者”羽生善治四冠(45)に4連勝し、佐藤天彦(あまひこ)八段(28)が名人戦を制した。5月13日に行われた第3局では76手で佐藤新名人が圧勝し、5月26日の第4局も129手で激闘を制した。1局目の惜敗後、“貴族”と呼ばれる所以の趣味で気分転換できたことも、反転攻勢に転じられた理由の1つだという。

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佐藤天彦八段(28)クラシック音楽を好み、個性的なファッションから、棋士仲間やファンは“貴族”と呼ぶ

「タイトル戦の対局者は、基本的に和服を着用します。王座戦などと違って名人戦は2日制ですから、対局先には気分転換のために羽織紐や襦袢、足袋などを幾つか持って行きました。

 1日目と2日目で羽織紐などを変えると、厳しい対局中でもそれが一瞬目に入っただけで気持ちが和らぐのです。和服には和服の良さがあり、楽しみもある。呉服屋さんに相談して、自分なりに楽しんでいます。

 ファッションで言えば、対局の合間にお気に入りのブランド『アン・ドゥムルメステール』の秋冬コレクションの予約会へ2回足を運んだのです。1回目は第2局と第3局の間、2回目は第3局と第4局の間にショップへ行きました。

 このブランドはベルギー出身の女性デザイナー、アン・ドゥムルメステールが立ち上げて、パリコレにも参加しています。西洋の中世から近世のロマンチックで、優美な服装のエッセンスを取り入れながら、現代でも着こなせるデザインが気に入っているのです」

■気分転換にブランド店へ

「予約会にはサンプル品があり、常連客にはそれを見るのがシーズンが始まる前のお楽しみの1つになっています。お店も、常連客の反応を見て何着オーダーするかを決めるわけです。もちろん、予約しました。黒いブルゾンを1着。それにコートなど気になる物を数点、入荷したら連絡をもらえるようにお願いしました。

 これがけっこう気分転換になりました。担当の方は僕の職業を知っていて、予約会で“最近、お忙しいですね”といわれましたが、ショップの方々も常連客も同好の士。変に気を遣われることもありません。“好きな人は好き”というブランドなので、店員さんにもマイペースな雰囲気がありますね。

 趣味のクラシック音楽も、気分転換になりました。もともと、オーケストラ作品を聴くことが多いですが、今回の名人戦はモーツァルトのバイオリン・ソナタや弦楽四重奏曲など編成の小さな室内楽を中心に聴いていました。分析すると、名人戦という大きな舞台で、大きな作品を聴くより、編成の小さな作品が奏でる癒しを求めて、平常心を保ちながら指したいという意識が働いたのかもしれません。

 特に、第3局以降は対局の前後にアルゼンチン出身のピアニスト、ダニエル・バレンボイムと、イスラエル出身のバイオリニスト、イツァーク・パールマンが組んだモーツァルトのバイオリン・ソナタ集を繰り返し聴いていました。

 久しぶりに、棋士仲間とフットサルもしました。5月13日に鹿児島で行われた第3局の2日後でしたから、走り回って疲れましたが、これも気持ちを切り替えるのに役立ちました」

■渡辺二冠からのメール

 実は佐藤新名人と渡辺明二冠は十数年来の仲。時には互いの技量を研鑽し、時にはプライベートで遊ぶこともある友人だという。ネット対局で知り合った2人が、目下、名人位と竜王位という“最高峰”のタイトルを分け合っているのだ。

「名人戦の後、渡辺さんから“おめでとう”とメールをいただきました。2人の付き合いの始まりは僕が中学生で、渡辺さんが高校生の時でした。彼はすでに将棋界では有名人で、その後20歳でタイトルを獲得されています。友人として近くにいても、棋士としては遠い存在でした。それが今年2月の棋王戦で、初めてタイトル戦で対戦できるようになり、ようやく棋士としても近づけたかなと思っています。

 タイトルだけ見れば、肩を並べたように見えるかもしれませんが、そもそも棋士としての実績が違う。僕はまだタイトル1期目の棋士ですから、渡辺さんに追いついたという感覚はなく、まだまだ追いかける立場であることに変わりありません。

 棋王戦が始まる直前、渡辺さんがライバル同士の対戦という趣旨のことをブログに書いてくれました。僕をそう認めてくれたのであれば嬉しいですし、僕もライバルだと見ていいのかなとようやく思い始めたところです。どんなに仲が良くてもプロの世界に生きる者として、公私を分けて今後はライバルとして戦っていくことになると思います」

■対局したい相手

「僕は十五世名人の大山康晴先生の孫弟子で、それは大変光栄なことだと思っています。大山先生の過去の棋譜はたくさん並べましたし、著書も読みました。では、真似できるかというと、う~ん。難しいですね。大山先生の本を読んでいると、勝利に対する執念がいかに人並みはずれていたかがわかります。自分も勝負師の1人ですから、勝ちたい気持ちは人一倍強いはずですが、その僕から見ても、大山先生の勝利への執念はここまでやるかと感じることが多いです。そうでなければ66歳で棋王戦の挑戦者になり、69歳で亡くなるまでA級棋士でいることは難しいのでしょう。

 歴代の名人の中で誰かと対局できるとすれば、大山先生と対戦したい気持ちはあります。師匠から大山先生のことは聞いたことがありますが、直接お目にかかったことがないのです。孫弟子というより、棋士としての純粋な興味の方が強いかもしれません。将棋盤を挟んで大山先生が目の前に座っていらっしゃると、何が起きるのか見当が付かない。それだけに興味があります。

 十六世名人の中原誠先生も、十代の頃から棋譜を並べてきた尊敬する先生です。僕は14歳で三段になりましたが、当時、中原先生はまだ現役でした。プロ棋士は四段からですが、僕は四段に昇段するのに4年かかってしまった。もう少し早く昇段していれば、中原先生との対局のチャンスがあったかもしれない。それが今でも非常に残念なんです。

 歴代の名人は凄い個性を持ち、将棋界に影響を与えた先生方ばかり。そうした先輩の良いところを取り入れて、最終的には自分なりの名人になっていければ良いと考えています。

 結婚に関しては、今は考えられません。1人暮らしが長くてライフスタイルが確立しているので、生活のリズムを乱されるのはチョット。やはり、将棋に影響があるといけませんからね」

「特集 あの『羽生善治』に4連勝! 将棋界の貴族! 『佐藤天彦』新名人90分インタビュー」より

週刊新潮 2016年6月16日号掲載

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