「アル中」「精神病」は遺伝するのか 作家・橘玲氏が「不愉快な真実」を書く理由

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■アル中は遺伝するのか

『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』『タックスヘイヴン』などのベストセラーで知られる作家、橘玲氏の『言ってはいけない 残酷すぎる真実』が、発売2カ月で25万部突破と好調な売れ行きを見せている。

 ヒットの要因はタイトルの通り、通常、世間では公言しづらいような「真実」が詰まっているからだろう。

 遺伝のネガティブな面について語られることは少ないが、同書では「犯罪と遺伝」「精神病と遺伝」といったテーマについても、欧米の研究などをベースに大胆に論じている。

 非常にデリケートであり、「差別を助長する」といった非難を浴びることも珍しくないテーマを、なぜあえて取り上げたのか。

 橘氏は、同書の導入で、以下のように述べている。

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 がんや糖尿病などには遺伝的な要因が強く影響していることがわかっている。体型や性格、能力と同様に体質(病気)もまた遺伝するからだ――ここまではほとんどのひとが医学の成果として受け入れ、だからこそ遺伝子治療の進展に期待するのだろう。

 病気には身体的な疾患のほかにこころの病(精神疾患)もある。

 では、次のような文をあなたはどう感じるだろうか。

 ①アルコール中毒は遺伝する

 ②精神病は遺伝する

 ③犯罪は遺伝する

 ここでは①から③に向かって社会的タブーが強くなるよう並べてある。

 ③にいたっては、一般的にはまず見かけることのない主張だ。だが犯罪と遺伝の関係は、精神医学の専門書では頻繁に言及されている。

 依存症(アルコール中毒)、統合失調症(精神病)、反社会性パーソナリティ障害(犯罪)に遺伝がどうかかわるのかも、行動遺伝学者によって1960年代から研究されてきた。そこでは、精神疾患(ひとのこころのネガティブな側面)にも遺伝が強く影響していることが繰り返し確認されている。

 ここで、なぜこんな不愉快な研究をするのか疑問に思う人がいるかもしれない。

 だが、次のように考えてみたらどうだろう。

 依存症から身を守るもっとも効果的な方法は、アルコールやドラッグなどの薬物に手を出さないことだ。依存症が遺伝なら、子どもには自分の遺伝的脆弱性(アルコール中毒になりやすい)をあらかじめ知識として教えることができる。

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■精神病は遺伝するのか

 インターネットの質問サイトに、「精神病は遺伝するのでしょうか」との質問が寄せられることがある。そこでは匿名の回答者が「精神病と遺伝の関係は証明されていない」とか、「精神病の原因は遺伝よりストレス(あるいは人格形成期の体験)にある」などとこたえている。医師(小児科医)が自身のホームページで、「精神病は遺伝ではありませんから安心して子どもを産んでください」と書いているものもあった。

 夫(もしくは妻)が精神疾患を患っていて、子どもをつくろうかどうか悩んでいる夫婦がワラにもすがる思いでインターネットを検索すると、ほぼ確実に、専門家らしき人物が「精神病は遺伝しない」と断言している文章を見つけることになる。

 それを読んだ2人は、妊娠をこころから喜ぶことができるかもしれない。

 これはたしかにいい話だ。しかし匿名の回答者や善意の医師は、その後の2人の人生に起こる出来事になんの責任も取ろうとはしないだろう。

 これも結論だけを先に述べるが、さまざまな研究を総合して推計された統合失調症の遺伝率は双極性障害(躁うつ病)と並んできわめて高く、80%を超えている(統合失調症が82%、双極性障害が83%)※1

 遺伝率80%というのは「8割の子どもが病気にかかる」ということではないが、身長の遺伝率が66%、体重の遺伝率が74%であることを考えれば、どのような数字かある程度イメージできるだろう。

■科学的知見を知る意味

 私たちはこの「科学的知見」をどのように受け止めればいいのだろう。

 私のいいたいことはきわめてシンプルだ。

 精神病のリスクを持つ夫婦がこの事実を知ったとき、彼らは出産をあきらめるかもしれないし、それでも子どもがほしいと思うかもしれない。2人(と子ども)の人生は自分たちでつくりあげるものだから、どちらの選択が正しいということはできない。

 だがその決断は、願望ではなく正しい知識に基づいてなされるべきだ。

 あるいは、精神病と遺伝との関係が社会に周知されていれば、父母やきょうだい、友人たちはそのリスクを知ったうえで、2人を援助したり、助言したりできるかもしれない。

 そのほうが、インターネットの匿名掲示板を頼りに、人生のたいせつな決断をするよりずっとマシではないだろうか。

 ***

 言うまでもないことだが、ここで述べたような研究結果があるとしても、アル中や精神病が必ず遺伝するというわけではないし、またそのような偏見を持つべきではない。また、そもそもそうした病を持つ人たちを差別したり、社会から安易に排除したりすることも許されない。

 ただし、橘氏は、科学的知見を「不都合なイデオロギー」として拒絶するのではなく、それを精神病の予防や治療につなげ、社会の偏見をなくしていくよう努力すべきだ、と説いている。

※1 ケリー・L・ジャン『精神疾患の行動遺伝学』(有斐閣)

デイリー新潮編集部

2016年6月23日掲載

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