“置き去り”大和くんの歩いた道を辿る 地元猟師「あの辺は熊の密集地」

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「ビビビビー」「ギギギギギ」「ビョッビョッビョッビョッ」。少年が“置き去り”にされた午後5時過ぎ。薄暮の森を1人歩いて行くと、耳に入るのは、野鳥の鳴き声と沢の音。砂利道を踏むザクザクという音が辺りにこだまする。頭上を旋回し続ける鳶。一体何を狙っているんだろう。さっき頭をかすめた巨大なカラスが、向こうの木に止まって思案気にこちらを見つめているではないか。辺りはどんどん暗くなる。ふと地元の猟師の言葉を思い出した。「あの辺は熊の密集地だ。今は腹が減ってイライラしてるしな」。「北海道少年」の歩いた道を辿ってみれば、改めて「7歳」のタフさが思われるのである。

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6日間、暖と水分を取りながら助けを待った

 6月3日、6日間の「神隠し」から生還した田野岡大和くん(北斗市在住)。

 さる親族が振り返る。

「正直、生きて見つかるとは思っていなかったね。経過を見守っている中で、父親の証言が二転三転したでしょ。まさかとは思ったけど、“おかしいな”と思いましたよ。ひょっとして間違いを犯したのでは……と」

 当初、この一件の焦点は父・貴之さんの“しつけ”の評価にあった。

 5月28日、遊びに向かった先で人や車に石を投げつけた大和くん。怒った貴之さんは、帰りの山道で長男を車から降ろして走り去る。5分後に戻ると、既に大和くんの姿はなかった。

 これに対し、「識者」たちは「虐待」と父を糾弾。もっとも、先の親族の評価は、こんなところだ。

「そりゃ石投げたら怒るよ。私だったら死ぬほど殴ってますよ」

大和くんが辿り着いた小屋

■偶然の奇跡

 行方をくらました6日後、大和くんは、“置き去り”地点の北東、陸上自衛隊駒ヶ岳演習場で発見された。

 山麓約10キロを踏破した大和くんと同時刻に、その歩みを辿ってみると――。

 置いてきぼりにされ、大泣きした大和くんは方向感覚を失い、車が行ったのとは別の北東方向に三叉路を上っていってしまう。しばらく進むと鉄製の柵があり、そこを抜けていく。その夜は晴から曇。最低気温は9度ほどだったという。

 ここまで来ると、どれだけ耳を澄ましても、車や列車の音は聞こえない。野鳥と沢の音。ヤブ蚊が耳元にまとわりつく音。時折、目の前をウサギが跳ねる。キツネが横切る。足元は細かい砂利から石ころへ。危うく足を取られそうになる。

 程なく、道は2つに分かれる。右は獣道、左は砂利道だ。大和くんは後者を選んだ。沢の音はまったく聞こえなくなり、闇が迫る。

 またふっと先の猟師の話を思い出す。

「20年くらい前かな。あの近くの山で7歳の女の子が迷子になった。半年後に骨になって見つかったけど、その横のジャンパーには熊が裂いた痕がついていたな」

 時折、森から枝の折れるような音が聞こえてその度ドキッとする。

 続けて山道を上ると、道は二股。大和くんが選んだのは右。さらに歩くと、今度は道は四つ股に。彼はまた右を選んだ。

 1キロほど下ると演習場の入口に当たる。ゲートを潜った大和くんは水道とマットレスのある小屋に辿り着き、6日間、暖と水分を取りながら助けを待った。

 こうしてみると、図らずも大和くんが演習場への道のりを最短距離で歩いていることがよくわかる。どれか一つでも他の道を選んでいたら、山中に迷い込んでしまっていたに違いない。

「様々な偶然が重なった、奇跡の生還」(登山家で神戸大名誉教授の平井一正氏)

 今後は父子の絆の再生の道が始まっていく――となればいいのだが。

「ワイド特集 うまい話に裏がある!」より

週刊新潮 2016年6月16日号掲載

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