三菱自動車と日産の業務提携 半年以上前から動いていた“カルロス・ゴーンの右腕”

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 かたや商社出身で交渉力とアピール力に長けた百戦錬磨の「天皇」。こなた開発畑出身の真面目で大人しい「プリンス」。会社が危機に瀕し、日産のカルロス・ゴーン社長(62)と手を結ぶという決断を下すにあたり、三菱自動車トップ2人の明暗はくっきり分かれた。

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 5月12日午後4時、日産自動車の本社がある横浜駅近くのイベントホール「TKPガーデンシティ横浜」。6階の「ホール6A」にあったのは、いつになく高揚した日産のカルロス・ゴーン社長兼最高経営責任者(CEO)の姿だった。

「確かにあの日のゴーンさんはかなり上機嫌だった。普段はしかめ面でまくしたてるように喋るのですが、会見の際は笑顔も見られました」(モータージャーナリストの島下泰久氏)

 ゴーン社長と共に会見に臨んだのは三菱自動車の益子修会長(67)だ。2000年以降、三菱自動車ではリコール隠し問題などが相次いで発覚。倒産の危機に陥った同社に三菱商事から送り込まれ、立て直した剛腕ぶりから「益子天皇」と呼ばれることもある人物だ。

 その会見で正式に発表されたのは、日産と三菱自動車の資本業務提携について。具体的には、日産が三菱自動車の第三者割当増資に応じる形で2370億円を出資、全株式の34%を握る筆頭株主となって三菱自動車を事実上傘下に収める、というのである。

 燃費データ不正操作問題で窮地に陥った三菱自動車に救いの手を差し伸べた日産――。表面的にはそう見えなくもないのだが、希代のコストカッターであるゴーン社長が“慈善事業”のような気持ちで三菱自動車を救済することはあり得ない。無論、その裏には綿密な調査とシミュレーションが存在した。その上でゴーン社長が出資に踏み切り、珍しく高揚した姿を記者の前に晒したのは、十分な勝機を見出したからに他ならないが、それらについては後で詳述する。

「記者会見はまさにゴーン社長の独演会でした」

 そう語るのは、会見を取材した全国紙の経済部記者。

「ゴーン社長は三菱と提携することのメリットについて自分が喋りたいことを延々と喋り続けていた。そのインパクトがあまりにも強く、三菱自動車の不正問題が頭から抜け落ちてしまったという記者は多かったと思います」

 三菱自動車の今後を決定付ける、極めて重要な会見。が、社内で「プリンス」と呼ばれている相川哲郎社長(62)の姿はそこにはなかった。ちなみにそのあだ名の由来は、哲郎氏の父親の相川賢太郎氏が、三菱重工の社長、会長に長らく君臨し、「三菱グループの天皇」と称された人物だからである。

 提携発表会見の前日、三菱自動車の益子会長は相川哲郎社長らと共に国土交通省内で記者会見を行い、燃費データ不正の経緯説明と謝罪に追われていた。会見での説明によると、燃費偽装に直接手を染めたのは、子会社である「三菱自動車エンジニアリング」の管理職社員。不正が起こった背景については、

「開発段階において、燃費目標がガソリン1リットル当たり26・4キロから29・2キロまで計5回にわたって引き上げられたこと。開発担当者が燃費について、商品性の一番の訴求ポイントと認識していたこと。そして、開発関連部門の管理職や役員からの燃費向上の要請を『必達目標』と感じていたことなどが明らかにされました」(先の経済部記者)

 そんな開発関連部門の管理職の1人が、プロダクト・エグゼクティブ(PX)。

「燃費について、1リットル当たり29・2キロまで引き上げるよう求めたのが、このPXです。会議の際、ダイハツ工業の『ムーヴ』が29・0キロを達成したとの報告に対し、“出来れば29・2キロに。ナンバーワンと言いたい”と意見を述べている。三菱がまとめた調査報告書ではこのPXについて、“高圧的言動による物言えぬ風土を醸成した”と認定しています」(同)

 日産と三菱自動車が軽自動車開発のための合弁会社を設立したのは11年。そこで開発された「eKワゴン」などの販売が始まったのは、13年6月である。その後、あるメディアの取材に応じた件(くだん)のPXは、「一番」「トップ」であることへのこだわりについて、次のように語っていた。

〈スズキ「ワゴンR」、ダイハツ工業「ムーヴ」の新型が出て、これでは負けていると、その時に正直悩みました。(中略)そういう悩みの中で、やはり燃費というのは一番を獲らなければならない、29・2km/リットルを目指そうということになりました。岡崎の技術陣が苦労して、29km/リットルはいけるめどがたった。でもそれでは1番だけどトップではない。あと少しが出ないというところでしたが、本型ができ、最終的な部品で測ってみると、空力的に抵抗が落ちて、結果的に29・2km/リットルを超えた。やってみたら出たと、最後はそういうイメージです〉

 小数点以下を争う熾烈な燃費競争が、「やってみたら出た」といった甘いものではないことは、誰よりもPX自身が認識していたはず。彼は本当に、子会社の不正に気付いていなかったのだろうか……。いずれにせよ、不正の背景にはまだ不明な点も多く、国交省は「全容解明にかなり遠い内容」として三菱自動車に再報告を求めた。今後もまだ新たな問題が発覚する可能性があるわけだが、そのような状況にも拘わらず、ゴーン社長が出資を決断したのはなぜだったのか。

■水面下の極秘調査

 問題の軽自動車の燃費データに不審点があることに日産が気付き、三菱自動車に通知したのは昨年11月のことである。

「実はその段階から、早くも日産側は三菱自動車や三菱グループの経営状況などを調べ始めていたのです」

 そう明かすのは、自動車専門誌記者。

「具体的には2つのチームに分かれて調査が行われた。西川(さいかわ)廣人・副会長兼CCOのグループが銀行を通じて財務状況などを調べ、川口均・専務執行役員のグループが官公庁や政治家の反応を調べていた。川口氏は霞が関や永田町との渉外担当で、不正が発覚した場合、三菱がどのようなペナルティを受けるのか、日産との提携を政府がどう受け止めるか、といった点を探っていたようです」

 日産のナンバー2でゴーン社長の右腕と称される西川CCOは、三菱自動車との提携発表会見の席にも同席していた。やはりゴーン氏が絶大な信頼を寄せる川口専務執行役員は、提携発表会見が行われた日の午前中、首相官邸を訪れて菅義偉官房長官と面会。三菱を傘下に収めることを事前に報告した、と新聞に報じられた人物である。共にゴーン社長の懐刀を任ずる2人は、提携が明らかにされる半年以上も前から密かに水面下で動いていたのだ。

 特に西川CCOのグループの調査範囲は広く、

「不正を発表した場合、三菱自動車の株価はどの程度下落するのか。三菱を傘下に収めた場合、どのようなメリットがあるのか。綿密にシミュレーションしながら戦略を練っていた」

 と、先の専門誌記者。

「まず、三菱グループとの付き合いが出来て、三菱商事の販売網が使えるのは大きい。ルノーと日産の統合でも約40億ユーロ(約5000億円)もの効果があったと言われている。そこまでではないにせよ、日産と三菱自動車も事業統合を進めることで相当な効果があると考えた。例えば、両社のタイでの事業を統合するだけでも5億ドル(約500億円)の効果が出るという試算もしていました」

■普段通りの「金曜会」

 そうしたことを調べ上げた上で日産が動いたのは、今年3月中旬頃。三菱自動車が不正を発表する1カ月ほど前のことである。

「日産の幹部が三菱重工の幹部と会談を持ち、こう聞いたのです。“三菱グループの御三家が保有している三菱自動車の株を日産に譲渡するつもりはないか”と。ところが重工側はそれに難色を示したのです」

 と、専門誌記者が続ける。

「日産としては三菱自動車を三菱グループから切り離して完全に自社のコントロール下に置きたかったのですが、重工側は“待ってくれ”と。で、第三者割当増資という案が出てきたのです。あとは三菱が不正を発表し、日産としては、十分にうまみのあるレベルまで三菱の株価が下落したタイミングを見計らって提携発表、という流れです」

 こうした日産との水面下の交渉において、三菱自動車側の窓口となったのは益子会長である。

「相川社長は交渉にはノータッチ。日産との提携発表会見の席に相川社長がおらず、益子会長が1人で取り仕切ったのも、資本業務提携に関しては自分が責任者だということをアピールしたかったのでしょう。益子会長と相川社長の明暗はくっきり分かれましたね」

 とは、先の経済部記者。

「また、益子会長は不正発表の前にすでに今後の展開を睨んだかのような動きをしていた。4月1日付で、三菱商事から自分の元部下を三菱自動車に引っ張ってきて常務に据える人事を行っていたのです」

 一方、三菱自動車内には次のような声もある。

「一番問題なのは、会社全体に上にモノが言えない雰囲気があるということ。益子会長が怖くて経営陣の誰もモノが言えない雰囲気が、会社全体に伝播しているのです」(幹部社員)

 提携発表会見の翌日、東京・丸の内の三菱商事本社ビルでは三菱グループ約30社の首脳による例会「金曜会」が行われた。会の冒頭、お歴々を前にして謝罪する役目を務めたのは相川社長だったが、

「彼はすぐに退席し、その後は普段通りの金曜会だった。この日出された食事はオムライス。それを食べた後、専門家による、世界経済についての講義を皆で聞いた」(三菱関係者)

 この状況下でも平然とオムライスを口に運び、世界経済についての講義を拝聴する、浮世離れした三菱グループの首脳たち。徹底した合理主義者であるゴーン社長と衝突する日はそう遠くないかもしれない。

「特集 『カルロス・ゴーン』登場で三菱自動車『天皇』と『プリンス』の明暗」より

週刊新潮 2016年5月26日号掲載

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