モンスターマザーに翻弄された学校 「いじめ自殺」を叫んだ母親の狂気
思い当たることのない罪で責められた経験はないだろうか。疑念を言い立て、断定調で激しく詰め寄る相手に、身の潔白を納得させるのはとても難しい。何かが「ある」ことより「全くない」ことを証明する難しさは、「悪魔の証明」とも呼ばれる。
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「いじめ自殺事件」?の経緯
最悪の経過をたどり、長野県の教育史に深く刻まれることになった「いじめ自殺」事件がある。舞台は、上田市にある県立丸子実業高校(現・丸子修学館高校)。家出を繰り返し、不登校になった1年生の男子が、久しぶりの登校を前に自殺したことから、同級生、保護者、教師たちは悪夢のような事態に直面することとなる。
自殺の責任はいじめを隠蔽した学校にあると、母親は校長を「殺人罪」で告訴。母親の代理人を買って出た人権派弁護士が繰り出す訴訟攻勢、さらに県会議員、マスコミも加勢しての執拗な追及に、関係者の多くが心身に変調をきたすほど蝕まれ、高校は通常の運営が危ぶまれるまで追い込まれてしまう。だが、教師や保護者、同級生たちは、真実を求め、法廷での対決を決意する。法廷で明らかになったのは被害者であると主張していた母親の「狂気」だった――。
保護者への配慮とマスコミの姿勢
事件がたどった顛末を徹底した取材で克明に描き出した『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』の著者、福田ますみさんは、取材を通じて強く感じたことが3つあると言う。
「ひとつは、無理難題を言う保護者であっても、学校側は教育的配慮から一歩も二歩も譲歩せざるを得ないということ。譲歩は問題をこじらせる原因にもなるのですが、それが、生徒や保護者との信頼関係を前提に性善説で成り立っている学校という組織の宿命でもあると感じました」
2つめは、名誉回復の難しさだ。
「裁判で真実を確定させるまでには、ほんとうに長い時間がかかります。この事件は複数の訴訟になりましたが、最初の裁判が終わるまで丸3年、すべての裁判が終わるまでに8年近くかかりました。真実を明らかにするために法廷での対決を決意し、長い時間を費やしてようやく汚名がそそがれたと思ったとき、世間は事件を忘れているんです。マスコミは、事件の第一報こそセンセーショナルに報じます。しかし、よほどの大事件でもない限り、判決を第一報と同じようには扱わない。その結果、人々の記憶には、最初に報じられた印象が残ったままになりがちなんです。丸子実業の件でいえば、いじめは認定されず、校長への殺人罪告訴も不起訴となったのですが、どれくらいの人がそれを知っているでしょうか」
子どもの命を守るには
3つ目は、残された課題である。
「真実は明らかになりました。とはいえ、考えなければいけない課題は残されています。それは『どうすれば子どもの命を守ることができたのか』ということ。どの段階で、誰が、どのような対応をすべきだったか。悲劇を繰り返さないためにも、検証することが求められているはずです」
恐ろしいことだが、思いもよらぬきっかけで被害者になる可能性は、誰にでもある。ふりかざされた「正義」やわかりやすい構図を鵜呑みにせず、事実とそうでないものを冷静に腑分けして考えることが求められよう。