学者は平気でウソをつく! 経済学者に金儲けはできるのか?
「学者は平気でウソをつく」――こう聞いて、誰か特定の学者の顔を連想する方もいることだろう。これは実は、精神科医の和田秀樹さんの新刊タイトル。あらゆる学問のウソをメッタ切りにしたこの本の中で、和田さんは専門の医学や心理学の他、経済学など文系の学問も俎上に上げている。
年明けから株価が急落して「言っていることが違うじゃないか」とツッコまれることが多い経済学者の「ウソ」とは何か。同書から引用してみよう。
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■「あなたは○○理論をご存じないのか」
あるとき、私が景気浮揚策についての自説を述べたことがありました。すると、その場にいた経済学者がいかにも馬鹿にしたように、「あなたは○○理論をご存じないのですか」などとおっしゃいました。
経済学者の「ウソ」とは何か
もちろん私は門外漢です。しかし、だからこそ経済学というものが持つ怪しさ、危うさについて素朴な疑問を持たざるをえないのです。
経済というのは人間の営みですから、人の心と切り離せるものではない。そう考えるのは自然なことでしょう。
ところが20世紀までの経済学は、なんと「人間は常に合理的に行動する」「人はみな完全な情報を持っている」ということを前提としてきたのです。この仮想の存在を、経済学では「経済人」とか「合理的経済人」と呼んでいます。
このような前提については、心理学・精神医学を専門とする私でなくても、おかしいと思うのではないでしょうか。自分自身だって周囲の人間だって、どう見ても常に合理的な行動など取りません。
そんなことが正しいならばパチンコも宝くじも商売として成立するはずがないのです。
また、皆がみんな同じ情報を持っていることなどありえません。
人間はコンピュータではないのですから、すべての人が一斉に情報をダウンロードするなどということは不可能です。
誤った前提から導かれた理論など、机上の空論にすぎません。素人目には、どうせ経済を研究するなら、抽象的な理論よりも現実の経済がどう動くのかということを、もっと考えればいいように思います。
近年、このおかしな大前提がやっと崩されました。「人はみな完全な情報を持っている」という前提を覆したコロンビア大学教授のジョセフ・ユージン・スティグリッツは2001年に、「人間は常に合理的に行動する」という前提を覆したプリンストン大学教授のダニエル・カーネマンは2002年に、ノーベル経済学賞を受賞しています。
■経済政策を学者に頼る愚
経済学者は、一国の経済政策に大きな影響を及ぼし続けています。
アベノミクスで注目を浴びている現日銀総裁の黒田東彦(はるひこ)氏にしても、基本的に旧来型の経済学の影響下にある人物です。もとは財務官僚でしたが、退官後は一橋大学で経済学の教授をつとめていました。
もちろん、何の基礎知識もない人では話になりませんから、経済学者をパージ(追放)せよなどと乱暴なことを言うつもりはありません。
ただし、これらの方々は皆さん、経済学についてはとても詳しいけれども、自らリスクを負って他人様のお金を扱った経験が少ないように思えます。それで本当に、現実の経済を読み、舵取りができるものなのでしょうか。
■経営の役に立たない!
ベンチャー企業であるディー・エヌ・エーを創業した南場智子さんは、もともとは経営コンサルティング会社、マッキンゼーに勤務していた経歴を持ちます。いわば経営の理論には精通していたわけです。彼女に、経営コンサルタントとしての経験がIT企業の経営にどう役立ったかを尋ねたことがあります。
「まったく役に立ちませんでした」
彼女は即答しました。
経営コンサルタントは高額の報酬と引き換えに顧客企業の経営についてアドバイスしますが、その結果については大したリスクを負いません。
うまくいかなくても損害賠償請求を受けるようなことはなく、せいぜい契約を解除されるだけです。そのような安全地帯での経験が、ベンチャービジネスの創業や経営という生々しい戦場で活かされることはほとんどない、というのです。
それでもコンサルタントであれば、成果の有無が報酬に反映されます。しかし、学者や官僚にはそのようなこともありません。どうなっても給料は変わらないのです。仮に失敗しても、「まさか○○なんてことが起きるとは想定外だ」で済みます。
しかし、経済政策の立案は、学生相手の講義とはわけがちがうはずです。経済政策では理論の正しさよりも、実施してみて結果が伴うかどうかがもっとも重要だからです。政策ブレーンや経済閣僚に経済学者や官僚出身者が選ばれるのは、民間企業の経営者だと倫理的に問題があるという考えがあるのでしょう。しかし、経済学者や官僚が必ずしも中立であるとは限りません。
ちなみにアメリカでは、実際の市場にかかわってきた経済人が、経済学者とともに多く起用されています。経済学者に限らず、日本では海外に比べて学者が大事にされていますが、その学者のレベルが海外に比べて高いとは寡聞(かぶん)にして聞いたことがありません。
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『学者は平気でウソをつく』の中で、和田さんは、「日本人は宗教を持たないというが、学問を宗教のように信じて、学者を無条件に信用してしまう人が多すぎる。すべては仮説だという前提で、適度な距離感をもって学問と付き合ったほうがいい」とアドバイスしている。