「妻のおせっかい」「夫の冷たさ」ががん患者を悩ませる
がんになった人にとって、がんよりも悩ましいものがあるという。
それは、人間関係。
本来ならともに病気に立ち向かうはずの家族や親戚、知り合いとの関係に思い悩む患者が急増しているのだ。
がんにまつわるあらゆる相談にこたえる「がん哲学外来」の担当医で、順天堂大学医学部教授の樋野興夫氏は次のように分析する。
「順天堂医院(順天堂大学病院)にがん哲学外来が発足した2008年には、患者の悩みはがんの不安、職場での人間関係、家庭内での人間関係がちょうど三分の一ずつでした。職場での悩みは幸いなことに減少傾向にありますが、人間関係、特に家族との関係で悩む相談者は増える一方です。なかでも突出して多いのは、『妻の余計なおせっかい』に悩む夫と、『夫の心の冷たさ』に苦しむ妻という構図でしょう」
「妻の余計なおせっかい」は例えば、がんである夫の気持ちをどこかに置き忘れてしまい、テレビや雑誌で知った「がんに効く食事」や「毎日するといい健康法」などを、妻が無理やり実践させるケースだという。(以下、「」内は樋野教授の『がん哲学外来へようこそ』より)
「消化器系のがんを患っているのに、『あれを食べなさい』『これが効くらしいから毎日飲んで』『一生懸命つくったのよ』とうるさく言われて辟易した夫がいました。何とか体力を回復してほしいという妻の思いは間違ってはいないものの、これでは患者当人にとって大きな負担になってしまうでしょう。
また、がんになった夫は病状を客観的に把握しているのに、妻のほうが心配ばかりしてあれこれ口出しするということもあります。『親戚には言わないでおいたほうがいいかしら』とか『入院費は何とかなるのかしら』などと妻がオロオロし続け、夫の苦しさと直接関係しない『自分の問題』ばかりを口にしたら、せっかく前向きになった夫の気持ちも萎えてしまうというものです」
一方で、「夫の心の冷たさ」も深刻だという。例えば、妻に家事をすべて頼っていた夫が、がんで家事が満足にできなくなった妻に対し、不満を露わにするようなケースが目立つ。
「もちろん夫も、がんになって大変な妻を理解しなければいけない、とわかっています。しかし、知らず知らずイライラを溜め込み、妻に冷たい態度を取ってしまうのです。
妻が毎日家で『つらい』とか『悲しい』と言って嘆くため、夫は帰宅するのがおっくうにと感じ始めます。外で忙しく働く夫の立場に立ってみると、妻のことを理解したい気持ちは山々でも、リラックスしたい場所で塞ぎ込まれてはたまったものではありません。そういう場合、夫はだいたい『残業だ』などと言って仕事に逃げ込み、妻の孤独感をさらに募らせます。極端な場合は、女性問題を起こしたりすることもあるのです。
また、普段口下手な夫の場合、悪気なくかける『どこが痛いんだ?』『本当に大丈夫なのか?』『頑張れよ』などという言葉が、かえって妻を傷つけてしまう事例も見てきました」
ここまでの事態になっていなくとも、「がんになった家族にどう接したらいいのだろうか」と深刻に悩む人が少なくないのだ。
樋野教授はこうアドバイスする。
「たとえ家族でも、何でも気兼ねなく話せる雰囲気作りをすることは簡単なことではありません。そのためにも、がんに限らず、『病気は感情のひだを繊細にする』ことを誰もが知っておくのがいいと思います」