80歳から始めて世界記録連発“水の女王(101歳)”百寿者アスリートの生活〈慶大医学部が見つけた老化しない人の共通項目(3)〉

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 慶應義塾大学医学部に付属する「百寿総合研究センター」は、高齢者1554人を最長10年に亘り追跡調査してきた、世界有数の長寿研究機関である。センターの調査によると、百寿者の性格には“負けず嫌い、誠実、几帳面でやりかけたら最後までやりぬく、賢くて、何でも上手にできる、小学生のとき成績がよかった”との共通点があるという。また、老化の正体の一端には「慢性炎症」があり、その抑制のための鍵は「食生活の改善」「運動習慣」「社会参加」にあると、センター専任講師の新井康通医師は言う。ノンフィクション・ライター西所正道氏の取材による本連(「週刊新潮」)載最終回では、これらを踏まえ“百寿者アスリート”の暮らしを見てみよう。

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 筑波大学名誉教授で、運動生理学が専門の勝田茂氏は、「高齢者こそ筋トレをやるべきだ」と指摘する。勝田氏が運動機能を直接測定したことのある、山口県の長岡三重子さん(101)は、80歳で水泳を始めた。

「55歳のときに始めた『お能』が、膝が痛くてできんようになったから。最初はプールの中を歩くだけで。そのうち見よう見まねで泳ぎ始めたけど、初めは2間(けん)しか泳げなかった」

 すなわち3・6メートル。そして25メートルを泳ぎ切るまでに1年を要したのである。その後、息子の宏行さんに誘われて参加したマスターズ水泳世界選手権(イタリア開催)で銀メダルを3つ取るも、

「富士山でも北島康介でもなんでも一番はみんな知っとる。二番目なんか名前も知らん。金じゃなくちゃ!」

 と一念発起。91歳になって初めて専属コーチをつけ、才能を開花させていく。95歳から7年の間に世界新記録を計79樹立。いまも25の世界記録を保持する。

■95歳から、肉を食べる量が増えた

 昨年は3度目の挑戦で、背泳1500メートル(長水路)を1時間15分54秒で泳ぎ、世界記録を打ちたてた。宏行さんが断言する。

「お袋の体力の基礎をつくったのは能です」

 座った姿勢からゆっくり立つ、軽く跳ぶ、ゆっくり動く……その稽古を毎日行なう。それが足腰などの基礎体力をつくった。細かな段取りを覚え、謡・囃子に合わせて舞うという動作は脳の活性化につながった。

「それと負けん気。厳しいお師匠さんにうまくなりたい一心で食らいついていった。上達すれば褒められる、褒められると嬉しくて幸福感を味わえる。その法則を体が覚えている」(同)

 水泳の練習は週に3~4日、泳ぐのは1回1時間前後だが、毎日の家事全般がトレーニングの一環である。一昨年頃までは、朝30分かけて家中を掃除、3食すべて自炊していた。買い物は今も週に数回、往復1時間かけてスーパーに通い、5キロの荷物を背負って帰る。

 世界記録を出し、メダルの数を増やしたいと平泳ぎに挑戦し始めた95歳からは、肉を食べる量が増えた。

 宏行さんがこう継ぐ。

「地元の警察から振り込め詐欺防止キャンペーンの『安全安心大使』を任されたり、取材や講演会に呼ばれたりすることで、知らない人と触れ合う機会があるのがいいと思います」

 先述の、老化を予防するもう一つの要素「社会参加」とはまさにこういうことだ。ボランティア活動に加え、

「家事、家庭菜園、自営などの有償労働も含まれる」(桜美林大学名誉・特任教授の柴田博医師)

■“生きているうちに何か一つくらい”

 水の女王に続き、陸の王。105歳のスプリンター、宮崎秀吉(ひできち)さんである。

 それこそ“ネバー・トゥー・レイト”ではないが、宮崎さんは長く運動とは無縁の生活を送ってきた。静岡県内の農協を退職して長女の住む京都に移ったあとは、囲碁や書道をやってみるも手応えはいまひとつ。

「生きているうちに何か一つぐらい残さないと情けないと思ってな。そんなときに娘(三女)から教えられ、マスターズ陸上のテレビ番組を見て、わしもやろうかと思ったんだ」

 すでに92歳だったが、2年後のマスターズ陸上全日本大会100メートル走に初出場して3位に。翌年には金メダルを獲得。100歳で100メートルを29秒83で走り、世界新記録を樹立した。

 宮崎さんの1日は午前5時に始まる。布団を上げてお茶を淹れ、朝日新聞を1時間かけて読む。

 食パン1枚にバターや自家製夏ミカン・ジャム。牛乳180cc、野菜、こしあん大さじ1杯。

 そのあと8種の柔軟体操、少し速い足踏み100回、もう1段速い足踏み50回を回数を唱えながら行なう。これを朝昼夕の3度。

 冬以外は公園へ。100および200メートルを走り、砲丸投げの練習をするのだ。

 昼はにゅうめんなど麺類と果物。夜は軟らかめのご飯(1膳の7分目)とお汁、カボチャや大根、なすなど軟らかいもの。最近は焼き肉用の肉を薄くスライスして焼いて食べるのがお気に入り。鮭は1日おき、卵は週に1回。腹7分目で、胃に負担を掛けぬよう、口に入れたものは30回噛む。

 父親を見習って始めた日記は82年目。大会や練習の記録、日々の出来事だけでなく、〈小保方スタップ細胞失敗〉などと時事ネタも。

「病院で検査してもらったらどっこも悪くない、まだ2年や3年(現役続けても)いいと医者が言うで」

 しかし長女の聖之(きよの)さんは、

「嘘ばっかり、本人が言っとるだけ」

 彼女が席を外せば、

「うまくいけば110歳までいきゃええと思っとるんだけど、そんなことは言えんもんでな。はは~」

 負けず嫌い、前向き、誠実、好奇心……慶大の新井医師の言う百寿者の要素を2人のアスリートはほぼ満たすのだ。

「特別読物 700人の『百寿者』を追跡調査! 慶大医学部が見つけた老化しない人の共通項目――西所正道(ノンフィクション・ライター)」より

西所正道(にしどころ・まさみち)
1961年奈良県生まれ。著書に『五輪の十字架』『「上海東亜同文書院」風雲録』 『そのツラさは、病気です』、近著に『絵描き 中島潔 地獄絵一〇〇〇日』がある。

週刊新潮 2016年2月4日号掲載

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