体が“10円玉臭く”なる湯(長野県) 全国「濃すぎる温泉」体験記(5)

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「濃すぎる温泉」に浸かるべく、北から南まで全国を訪ね歩き。今回の長野の湯では、10円玉の臭いに染まることに。

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■10円玉臭くなって

 長野駅に出て、そこから加賀井温泉に向かった。タクシーの運転手いわく、

「あの温泉は鉄分で真っ茶色。風呂のまわりは温泉成分が固まって鍾乳洞みたいになっていて、タオルも茶色くなっちゃうよ」

 一陽館に着くと、元気なおじいさんが話しかけてきた。主人の春日功さん(80)だ。白濁した石英のような物質を記者に手渡して、

「はい、これがうちの温泉の成分、炭酸カルシウムです。ほら、パイプにたくさん詰まっているでしょ」

 と切断したパイプを見せる。春日さんの指示通りに源泉槽に顔を入れると、鼻腔の奥が猛烈な刺激臭に直撃された。手を入れると、案外ぬるい。

「ここにはナトリウム、カリウム、マグネシウム、鉄分が含まれ、家庭のお風呂に入浴剤を80袋入れたくらい濃い。でも、ほとんど中性だから、赤ちゃんが入るとオムツかぶれや汗疹が治って、沁みることはないんだ。炭酸カルシウムが化学反応を起こし、析出し、鉄分が酸化してくっつくとお湯が赤くなるわけ」

 内湯から入る。ほぼ透明だが、鉄の臭いが強い。顔を洗うと、10円玉をこすりつけているような気分になる。露天風呂には浴槽が2つ並び、手前は白と茶色のブレンド、奥のは完全に真っ茶色で、見るほどに泥水そのもの。落ち葉や虫が浮いているのでなおさらである。だが、肌触りはドロドロしていないうえにぬるく、拍子抜けする。温泉に浸かるというより、泥遊びをしているような感覚なのだ。

 春日さんに再び聞く。

「昔は田んぼに茶色い液体が出て、稲にとっては困ったものだった。1766年に加賀井の部落の人が“湯殿を建てたい”とお願いした文書が残っています。ただ、内湯は常に流れているから透明なんです」

 その間も、他県からの入浴客が後を絶たない。体がすっかり10円玉臭くなった記者は、それを複雑な気持ちで眺めていた。

■加賀井温泉 一陽館

(長野県長野市)
 日帰り入浴400円
(電話)026-278-2016

「特集 2分以上は浸かれない? 全国『濃すぎる温泉』体験記」より

週刊新潮 2015年11月26日雪待月増大号掲載

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