はじまりは「おむつカバー」だった 「介護」という言葉をつくった下町企業(1)

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(1)始まりはご近所のお悩み相談だった

 今ではごく普通に使われている「介護」という言葉。この言葉が実は40年前に、ひとりの経営者によって「作られた言葉」であることをご存じだろうか。

 その経営者とは、東京・墨田区にあるフットマーク社の代表取締役会長・磯部成文である。磯部が、経営学者の三宅秀道と共に著した初めての著書『なんにもないから知恵が出る 驚異の下町企業フットマーク社の挑戦』には、「介護」という言葉を発明するにいたった経緯が綴られている。

 フットマーク社はもともと、磯部の父親が戦後に創業した衣料雑貨メーカーだった。主力商品はおむつカバー。まだ紙おむつが一般化する前の時代の話だ。

日本初の「介護用品」がこれだ!(「大人用おむつカバー」と称していた初代の介護おむつカバー。フットマーク社提供)

 1960年代後半のある日、磯部が会社を兼ねた自宅にいると、ご近所の顔見知りのお嫁さんが訪ねてきた。言い出しにくそうにしている彼女に聞くと、「磯部さんのところはおむつカバーをつくっているそうなので、大きいおむつカバーをつくってくれませんか」との依頼だった。舅がおもらしをするようになって、困っているという。

 フットマーク社は当時「磯部商店」と称していた町工場だった。ご近所の依頼ということで、すぐに大きなおむつカバーの試作品をつくってもっていったら、非常に喜ばれた。お礼にその家の田舎から送られてきたリンゴをもらったという。

 その時、磯部はこう考えたという。

「ご近所におもらしのおじいちゃんがいるということは、実はこういう人は全国にいるのではないか」

 もちろん、当時は統計データなど何もない。高齢化が注目されていたわけでもない。有吉佐和子が『恍惚の人』を書いて、当時で言うところの「ボケ老人」が社会問題化したのは1972年のことだ。あったのは、経営者としての磯部の直感だけである。

 そこで磯部は、大きめのおむつカバーをつくって「大人用おむつカバー」と名付け、当時商品を卸していた問屋の店頭に並べることにした。すると、ぽつぽつと売れるようになっていった。

 しかし、ネーミングがしっくりこない。「大人用おむつカバー」から「病人用おむつカバー」「医療用おむつカバー」などと変えてみたものの、やはりピンとこなかった。なぜかと言えば、当時の医者は「偉い人」で患者は「見て貰う」存在、患者から医者への付け届けも当たり前という時代だったからだ。「病人用」「医療用」という響きには、どこかしら冷たい感じがぬぐえなかった。

 そこで磯部は、看護婦さんのやさしいイメージのある「看護」と、けが人を助ける「介助」という言葉を組み合わせて「介護」という言葉を編み出し、77年から大人用のおむつカバーに「介護用おむつカバー」と名付けたのだ(現在は「介護おむつカバー」)。

 これが、「介護」と名乗った日本初の商品となった。(文中敬称略)

デイリー新潮編集部

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