日本人というだけでカリブのオタクに尊敬されて――風樹茂

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■講演――オタクの源流

 200名ほどの聴衆の9割は10代後半~20代の男女なのだから、ラテン的ノリと、具体的な話が必要だった。「若いオタク族、元気か! ベネズエラをオタクで満たそう!」と手を振り上げて叫び、会場を盛り上げてから、昨日の足の不自由な少年が与えてくれたヒントを元にして話を始めた。

 小学校3年時に私は半年ほど学校をさぼった。北海道から東京の下町(北海道の都市より田舎だった)へ転校した私は学校に馴染めなかった。いじめっ子もいた。仮病や、学校にいったフリをして家に戻り、1人、『少年サンデー』、『少年マガジン』、『少年キング』などの漫画を読み耽った。それが唯一の救いだった。虚構こそが現実だった。

『紫電改のタカ』『8マン』『丸出だめ夫』(いずれもマガジン)、『伊賀の影丸』『おそ松くん』(いずれもサンデー)、『サイボーグ009』(キング他)、『ゼロ戦レッド』(冒険王)――それらの作品群がなかったら、あの時、私はどうやって時間を塗り込めていただろうか? ――孤独の中で読書することの恍惚――苦悩の中で私はそれを知った。虚構は人を救うのだ。若者がオタクという虚構の世界に耽る時間を持ち、その世界に留まる限り、世界はもっと平和になる。ベネズエラでは同じ世代の人間の一部が強盗団の首領になったり、あるいは反政府運動に身を投じて火炎瓶を投げるのだから。

 こうして、自らの経験を核に「オタクの源流」なる趣旨で最近の日本オタク事情も交えて話したところ、私の講演にしては珍しく大きな拍手で終わった。

 その後、主催者と話す機会があり、えっ? と驚いた。このオタク大会は2005年に日本大使館(文化班)が仕掛けたものだという。現在大使館はとくにオタク文化を売り込んでいるわけではないというから、当時いたオタク系職員がアニメや日本に興味のある人間を発掘し、結びつけ、2006年に最初の大会にこぎつけたのだろう(参加者3000人)。しかも資金援助は一切受けていないという。うーん、すごい!

 筆者は、援助の世界に10年ほど係っていたが、札びらを切ることが目的だったようなプロジェクトも散見された。円なしで親日、知日派の若者の縁を日々増やす、オタクコンテンツ、恐るべし!

風樹茂(かざき・しげる)
1956年北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。中南米専門商社を経て、アマゾン流域で鉄道を作る。帰国後、投資・援助のコンサルタントとして働く。著書に『東京ドヤ街盛衰記』等。

新潮45 2015年9月号掲載

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