日本人というだけでカリブのオタクに尊敬されて――風樹茂
■新世代の夢
2日目、私は舞台でカラオケ大会やダンス大会が繰り広げられている合間に、コスプレの審査員の若い男女に話をきいた。『ナルト』の大蛇丸に扮しているロシア系のクラウディア・ディミトリスチェック(19歳)、青年は自分で創造した王者の扮装のクリサント・ヘルナンデス(23歳)。カラカスにある同じ美術大学(UNEARTE)の学生である。彼らは、アニメ好きの両親の影響を受けて、5、6年前からオタクの世界に足を踏み入れたという。
――審査員になるきっかけは? またそれでオタク人生として何か変わった?
クラウディア:「私も彼もフェイスブックをもっているから、それを見て審査員の依頼が来るの。他の都市のイベントにも請われて行くわ。もちろん漫画の登場人物のことはよく研究しなきゃいけない」
クリサント:「審査員をやっているからあれこれ意見を聞かれる。たとえば友人が漫画を描いていて、その登場人物の“知の神”はぼくがデザインした。ゲーム、カード、漫画の人物から発想したけど、独自性もある。コスプレも自身で創造した人物を作るほうが好きかな」
――レイヤーになる動機ってなんだろうか?
クリサント:「内面では子供から大人になりたくない、あるいは表に出ている社会的属性を隠して、1日だけでも好きな漫画の主人公の強さを身にまとう。たとえば、『デスノート』のLになる、すると内面もその人物になりきる」
――コスプレをするのに困難とかあるかな?
クラウディア:「材料ね。私は全部リサイクル、ごみ箱から集めるのよ。段ボールとか電線とか。あと、それぞれのレイヤーには得意分野があるから、仲間内で協力するの。私はごみに詳しいし、彼は色をつけるのが得意。詳しい人がいないときは、ユーチューブとか、ネットで情報をさがすわ」
クリサント:「あと、コスプレは自分との戦いでもあるんだよ。たとえば、ぼくは肌が濃い褐色だから、他の国の人間みたく完全にその漫画の人物になりきれない。でも、ぼくはそれを限界にしたくない。最初のコスプレで、あえて(白塗りをして)真っ白な人物になったんだ」
――ベネズエラのオタクの将来は?
クリサント:「個人的には卒論で、コスプレと演劇を比較研究するんだ。演劇は、舞台にいるときはその人物からは離れられない。でも、コスプレはその人物になりきらず、外面だけで終わることもできて、もっと自由。そのほうがいい。将来は、我々オタク族が新たな、ましな種族となってもっと増殖してほしいな」
オタク族という言葉を聞いて、私ははっとした。自らもオタキングを名乗る岡田斗司夫の『オタク学入門』(新潮OH!文庫)、『オタクはすでに死んでいる』(新潮新書)を読んで両書とも「もともとオタク族は貴族である」という趣旨であると理解したが、クリサントは岡田と同じ考えの超オタクなのだ。
ただし、ベネズエラの場合はもうひとつの意味が加わる。殺人件数では10万人に82人の割合と、世界で2番目に危険な国(2014年)だ。「ましな」は、オタクは犯罪に走らない人であることを示唆している。
クラウディア:「あとは偏見がなくなってほしいわ。ハロウィンやカーニバルのときはみんなコスプレをするのに、それ以外の日だと、変な眼で見る」
――それはしかたないよ!
私は日本では「会場でコスプレに着替える」などの規則があることを説明した。一方、ベネズエラは野放図で何ら規則などない。バスや地下鉄で、模造品とはいえ、刀や拳銃を持ったレイヤーを見たら、誰でも怖いだろう。それらの公共交通では、強盗が頻発しているからだ。
「あと、国の状態が良くなって欲しいわ。せっかくオタク文化が花開いたっていうのに、このままではまた閉じてしまう。日本文化のことがわからなくなるわ」
外国人観光客は世界遺産のエンジェルの滝など一部の観光地を除いて訪れることはない。また、犯罪が多いだけではなく、トイレットペーパー、洗剤、紙おむつ、薬品などの品不足は日々深刻化している。長蛇の列を作って数時間かけてやっと商品を購入する。オタク趣味に没頭する時間がそがれる。病気になりやすく、おむつが必要な小さな子供がいればなおさらだ。それもあって、前出のフレディ・モーヤは独身なのだろう。オタクで居続けることは、容易ではない。
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