10億円「ドローン」でサボりを監視! “外国人だらけ”でも世界が驚く ラグビーW杯「日本代表」地獄の練習光景
のちのちまで語り草となるであろう。英国で開催されている第8回ラグビーW杯で、過去2度の優勝経験を持つ南アフリカを日本が撃破、世界を驚かせた。低く刺すようなタックル、湧き出るように現れる選手たち。“奇跡”を実現させたのは、地獄のような練習だった。
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朝晩の空気に涼しさを感じる間もなく、イギリス南東部ブライトンは足早に深い秋へと入っていく。
ラグビーW杯の日本対南ア戦が行なわれた9月19日(現地時間)のことである。世紀の番狂わせの80分に酔いしれた現地のファンは、
「とにかく、“ジャパン”を連呼していました。彼らはあくまで世界ランクでトップ3の強豪・南アの試合を見にきた。ところが、予想以上の良いプレーを日本がしたので驚いていたのでしょう」
と言うのは、現地で取材するスポーツライターの斉藤健仁氏である。その口ぶりから察すると、観客は日本の勝利に虚を衝(つ)かれて抱えた言いしれぬ戸惑いを、ジャパンコールに託したらしかった。
〈小さな男が大きな男に勝つためには、小さな男が大きな男より「不幸」でなければならない〉(寺山修司)
ならば、いくら不幸を積み重ねればよいのだろうか。
1987年に第1回W杯が開催されてから、日本代表は連続出場を遂げてきた。しかしながら、その歴史はあたかも悪夢のように黄ばみ色あせている。それというのも、1勝21敗2分という通算戦績のみならず、95年のニュージーランド戦で喫した145失点が、W杯記録となっているのだから。
誰にでもおとずれる青春というものを日本代表は謳歌できないのだろうか。
そのにっちもさっちもいかぬ状況に楔(くさび)を打ったのが、他ならぬエディー・ジョーンズ(55)、日本代表のヘッドコーチだ。ちなみにラグビーでは指揮官のことを監督ではなく、このように呼ぶのである。
「彼の奥さんは日本人。母は日系人で父はオーストラリア人です。95年に来日し、翌年から東海大でコーチに就任。2010年にはサントリーの監督も務めるなど、日本に精通した人物」
と、ラグビージャーナリストの村上晃一氏が次のように解説する。
「それに加えて、彼が世界トップレベルのコーチであることは論を俟(ま)たない。03年のW杯ではオーストラリアのヘッドコーチとして準優勝し、07年には南アの参謀役として優勝に貢献しています」
この実績を引っ提げ、11年から日本代表を率いることになったエディーは、目標に「8強入り」を掲げた。
今大会には20チームが出場している。5チームずつ4組に分かれて1次リーグを戦い、各2位までが準々決勝に進む。大会開催前の日本のランキングは13位。そのうえ、先に触れたように、24回たたかって1勝しかしたことのないチームが世界の列強に割って入るのだ。指揮官は、ハイテク機器を使って選手を監視し、耐えるにやすくない練習環境に放り込むことを選んだ――。
このあらましは後章に譲るとして、まずはチーム編成にまつわるラグビー独特のルールに触れておかねばなるまい。それは、“外国人だらけ”という点だ。
代表に登録された全選手31名のなかで外国出身者は10にのぼる。その内訳はニュージーランド7、トンガ2、オーストラリア1で、帰化しているのはその半数だ。たとえば同じニュージーランド出身でも、主将のリーチ(26)は13年に帰化した一方で、劇的な決勝トライをあげたヘスケス(30)は、同国籍のまま。
外国人ばかりで日本代表と言えるのかという疑問が頭をもたげるのだが、先の村上氏はこう答える。
「ラグビーの場合、日本代表になるのに日本国籍でなくても構いません。日本で生まれたか、両親か祖父母の最低1人が日本の出身か、本人が継続して3年間日本に居住していたか。このうちどれかを満たせば、登録31人全員が外国籍でも代表になることができる。ですから、日本代表とはすなわち、『日本でラグビーをする人の代表』と考えるべき」
もっとも、いったんどこかの国の代表になってしまうと、別の国のジャージを着ることはできないのだが。
ともあれ例えば、優勝候補の一角を占めるイングランド代表にトンガ人が、日本と同じ予選グループに属するスコットランド代表にはニュージーランド人がいる。とはいえ、「助っ人がこれだけいたら日本代表が強くなるのは当たり前」という声がないわけでもない。
■5カ月で120日以上
それに「否」を唱え、
「“試合をやっている方がまだラク”とこぼす選手もいるとか。その圧倒的な練習量がジャパンを強くした」
と強調するのは、『ラグビーマガジン』の田村一博編集長である。村上氏が後を受けて、
「前任者時代は、選手を慮(おもんぱか)って厳しい練習の翌日は休みにすることがよくありましたが、エディーは全く容赦なし。“海外の選手だったら耐えられないだろう”と彼自身が口にしているほどなんです」
「実際のところ去年までは」
と、これはスポーツライター・大友信彦氏の話。
「合宿等で年間130日ほど練習していました。そして今年に入ってからは、4~8月の5カ月で120日以上が練習や試合に費やされたのです」
標準的な練習は1日に4度。午前5時、10時、午後3時に2時間ずつと、その後にウエートトレーニングをこなすのだ。
「ラグビーは、前後半40分の計80分でたたかう。が、スクラムなどがあるので動いているのは30分強。でもエディーは1~2時間に亘って、選手を延々と走らせるんです」(村上氏)
ひと回り小さなアメフトのボールを使ったり、ラグビーボールに石鹸を塗ったり。あるときは、生卵でパスをしたりという、ややトリッキーな時間もあるが、
「基本的にはぶつかって、倒れて、起き上がって、もみ合って……を繰り返すことで体力をつける。激しく息のあがるような場面の後で、すぐに50メートルダッシュをして、またぶつかって行く。セッションの最中に休んだり待っている時間はありません」(先の大友氏)
そればかりではない。
「GPSを選手につけ、ドローンで全体の動きを監視するなどし、戦術の洗練に余念がない」(前出・田村編集長)
4Kカメラを搭載したドローンが選手の動きを丸裸にするからサボれない。ドローンは機密情報を満載するがゆえに、10億円の保険がかけられている。
鳥の目があれば魚の目あり。背中に装着したGPSが、走行距離や平均速度、衝撃度を測定する。
「世界標準はトップスピードで秒速10メートル。1分間の平均走行距離は80メートル。それを超えるのを目標にしてきた」(ラグビー協会関係者)
ではここで選手たちの横顔に目を転じると――、15歳で来日した主将のリーチは、札幌市の鮨店『七福鮨』の店主宅にホームステイしていた。
「部屋の天井に仮名表を貼って、一生懸命に日本語を勉強していました」(店主)
持ち前の研究熱心さが生かされたのか、今年7月には東京・府中でカフェ経営に乗り出した。
「ニュージーランドへ国際電話をかけるときに使う『+64』が店名。彼自身、本国で豆の挽きかたを学ぶなど、気持ちが入っている」(先の関係者)
続いて、南ア戦で24得点を挙げた副将の五郎丸歩(29)には“野菜嫌い”の一面があるという。行きつけの中華料理店の主人・仲村渠(なかんだかり)忠さんによると、
「酢豚セットのライス大盛りをいつもオーダーします。でも、酢豚に入っているたまねぎ、ピーマン、人参には手をつけないんです」
ちなみに彼がゴールキックを蹴る際に、拝むような仕種をするのが話題だが、
「メンタル管理の一環。いつも同じ動作をすることで、大きなプレッシャーのなかでも平常心で臨もうというわけです」(田村編集長)
次に長髪とひげがトレードマークのフォワード大野均(37)は、高校まで野球部で補欠の捕手。ラグビーとは無縁の生活だった。
「大学でも野球をやるつもりだったんですが」
と、母・十美(とみ)さんがこう振り返る。
「ラグビー部の先輩にしつこく勧誘されまして。柏饅頭を2つもらってその場で食べてしまい、断り切れず入部を決めたんですよ」
本人は当時から大の甘党。今でも“ケーキ・ブッフェ”に進んで出かけては大食い。
「“今回も元を取った”といつも言っています」(同)
サバの味噌煮が人生を転回させた、森鴎外の『雁』を思わせるような話である。
■「清宮ジャパン」!?
饅頭に毒が入っていたり、物事に表裏があるように、今回の勝利に臍(ほぞ)を噛んだ人、乗じようとする人がいる。
前者は日本のトップリーグ、ヤマハ発動機ジュビロの清宮克幸監督である。彼は今年3月の会見で、“自分がエディーの次に”とヘッドコーチ立候補を宣言していた。加えてW杯前には、
「協会が、『エディーの退任』を発表しました。その際に、“このタイミングで、次の仕事のことを考えるなんてバカにしている”とぶちあげたんです」(先の関係者)
その威勢の良さとは裏腹に、「清宮ジャパン」実現の可能性は極めて薄いようだ。
「今回の大金星は、世界中から実力のあるコーチを招聘してきたエディーの人脈に負うところも大きい。いくら指導力があるとはいえ、国内での実績しかない清宮さんにお鉢が回ってくることはないでしょう」(同)
その一方で、後者は森喜朗元首相。この6月にラグビー協会会長を退いたが、「ラグビーW杯2019組織委員会」副会長の座にはとどまっている。スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏は、こう嘆息するのだ。
「新国立競技場の建設計画が頓挫したことは、森さんにとって最大の屈辱だった。彼の頭には、20年のオリンピックよりもW杯があったはずですから。そこへ行くと、W杯招致の張本人として存在感を誇示すべく動き出す可能性があります」
〈味すぐるなまり豆腐や秋の風〉(久保田万太郎)
とまれかくまれ、サモア、アメリカと続く日本代表のたたかいが秋の夜長を演出するや否や――。