【がん診断】血液一滴で13種類の超微小がんも発見できる「マイクロRNA」が実用化(1)

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〈残寒や この俺が この俺が 癌〉

 1997年、食道がんで逝った随筆家で俳人、江國滋氏(享年62)が、闘病日記『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』(新潮文庫)で詠んだ句の一つだ。がんを告知された際の衝撃の大きさや脱力感が、わずか17音で凄烈に表現されている。氏は告知から6カ月で壮絶な最期を迎えた。発見時にはすでに手遅れであったことが推察される。

 爾来20年。がんの治療法は日進月歩で進化しているものの、進行がんを根治する画期的な方法は未だ確立されていない。がん撲滅への道は今なお峻厳と言わざるを得ないのが現状だ。

 そこで医療関係者の間で今、改めて重視されているのが「早期発見」である。なぜなら、大半のがんは早期発見と治療で、その9割が完治しているからだ。これを可能にすべく、CTスキャンやMRIなど、病巣を肉眼で捕捉するための画像診断技術が次々と生み出されてきた。しかし、これらのハイテク機器を駆使してもなお、直径1センチ未満の小さながんを発見するのは難しい。PET検査が登場した時は、がん発見の切り札と持て囃されたものだが、これすら直径5ミリラインが検出限界値で、それ以下の微小がんは見落としてしまうことが多いという。

 そんな中、血液中に漂う物質の遺伝子や、唾液中のアミノ酸などの成分を解析することでがんの“影”に迫る、これまでとは全く違ったアプローチが模索され始めた。「早期発見」どころか、画像検査では写らない、「ステージ0」の極小がんを発見する「超早期発見」の最新技術が開発されようとしているのである。がん治療を劇的に変える、夢の診断技術とは――。

「国立がん研究センター」を拠点に、9つの大学と6つの民間企業などが結集し、昨年来、進められている、産学官連携の国家的プロジェクトがある。一滴の血液から何種類ものがんを超早期に発見する「次世代がん診断システム」の開発だ。

 そのカギを握るのが、血液中に浮遊する「マイクロRNA」という物質である。これはすべての細胞から分泌されるもので、たんぱく質の作成に関与する遺伝子を制御する役割を担っている。がん細胞にもそれ特有のマイクロRNAがあるのだ。がんの増殖や転移に深く関与しており、人間に備わる免疫細胞からがん細胞を守る働きも果たしている。がん細胞は生まれた直後からこのマイクロRNAを血中に放出しているという。これを検知できれば、従来の画像診断検査では捉えることのできなかった超微小のがんをいち早く発見することができるのである。

 しかも、がんの種類によって、マイクロRNAの型は異なるという。部位別のがんとマイクロRNAの関係を特定するために、国立がん研究センターのプロジェクトでは、7万人もの様々な種類のがん患者の血中マイクロRNAの解析を進めている。

「本プロジェクトは実働から1年を経過しましたが、計画を上回るスピードで研究が進んでおり、乳がんや大腸がんの早期診断が可能な画期的なマイクロRNAが次々と見つかっています」

 と語るのは、国立がん研究センターのプロジェクト担当者だ。まもなくこの2つのがんに関係するマイクロRNAの特定を終える見込みだという。これらに加え、4年後には、日本人に多い胃がんや食道がん、肺がん、肝臓がん、すい臓がん、卵巣がん、前立腺がん、胆道がんなど計13種類のがんを、一度の検査で網羅的に超早期発見するシステムの実用化を目指している。

■“がんの王様”もステージ0で捕捉

 一方、この夢のような診断技術の一部をすでに実用化している医療機関もある。広島大学と同大発のバイオベンチャー『ミルテル』だ。彼らが提携先医療機関に提供しているマイクロRNA検査は、その名も「ミアテスト」。広島大学大学院細胞分子生物学研究室の田原栄俊教授が解説する。

広島大の田原教授

「私たちは2年前からこの検査を臨床の現場に導入し、提携先の医療機関を通じて一般の方が受けられるようにしました。乳がんとすい臓がん、そしてアルツハイマーの検査を実施している。健常者のマイクロRNAのパターンと比べ、がん由来の5~10種類のマイクロRNAがどれだけ多いか、あるいは少ないかによって、A~Eの5段階でがんに冒されているかどうか、そのリスクを評価するのです」

 AとBはがんである可能性が低く、DとEはがんに罹っている危険性が高くなる。Cは、確率が40~60%以下のグレーゾーンで、要観察レベル。精度に関しては、AとEは80~90%だという。

「現在、提携先の医療機関は全国で約60。すでに約750の臨床実績がある。来年中には頭頸部がん、肝臓がん、大腸がんの検査もラインナップに加えます」(同)

 同機関の提携先である日下医院(広島県)で、実際に検査を受けた河田善博さん(45)に話を聞こう。

「父が喉頭がんになり、抗がん剤治療で苦しむ姿を見てきました。だからがんに対する不安があり、この検査を受けたのです。すい臓がんの検査で、費用は5万円。結果はC判定でした」

 河田さんは同医院ですぐに超音波検査を受けたが、すい臓に異常所見は見つからなかった。もっとも、すい臓がん由来のマイクロRNAが増減しているということは、そのがん細胞の萌芽が生じたことを意味する。

「今後、リスクが高まるスピードが早くならないように、生活習慣に気を遣い、経過観察も行いたい」(同)

日下医院の日下院長

 この検査の刮目すべき利点は、早期発見が極めて困難なすい臓がんをも超早期の段階で灸り出してくれることだ。通常、すい臓がんは、見つかった時にはすでにステージ4で手遅れのことが多い。その5年生存率はわずか2~3%! 医師の間で“がんの王様”と恐れられる所以である。

「当院では、リスクが認められた方には精密検査を勧めています。経過をフォローアップできる体制を整備している」(日下美穂院長)

 マイクロRNA検査について、山野医療専門学校副校長で、医学博士の中原英臣氏はこう評価する。

「これは極めて信頼度が高い。わずか一滴の血液検査で13種類ものがんの有無が分かるようになれば、革命的な検査法と言えます」

 また、がん細胞を抑え込もうとする免疫細胞の働きを検知することで、がんの有無を調べる検査もある。金沢大学が開発した「マイクロアレイ」という血液検査だ。1年半前からこの検査を導入している「二子玉川メディカルクリニック」の伊井和成院長はこう話す。

「がんを遺伝子レベルで判定する検査で、胃がん、大腸がん、すい臓がん、胆道がんの4種類の消化器がんを一度に見ることができる。これまで10名前後の方が検査を受けました。陽性で実際にがんがあった場合が9割以上、陰性で確かにがんがなかったケースも9割以上と、正確性は非常に高い」

 今年、芸能界では、がん検診を受けたことがなかった今井雅之が大腸がんで急逝し、社会に衝撃を与えた。最近では、肝内胆管がんの手術を受けたことが判明した川島なお美の闘病が、世間の耳目を集めた。

「彼女は年に一度、人間ドックを受けており、これで胆管に小さな腫瘍が見つかった。それでも今後の5年生存率は50%と自ら公表しました」(医療関係者)

 もしマイクロRNAなどの検査を受けられていたならば、深刻な状況には至らなかったのではあるまいか。

【特集】「がんの死亡がゼロになる 『超早期発見』の革命的最新診断」より

週刊新潮 2015年9月24日菊咲月増大号掲載

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