ベルギー王の顧問弁護士で著作権の辣腕が敵方に登場! 五輪エンブレム「佐野研二郎」に訴訟の連鎖

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 聖火を灯す5年も前から、東京五輪は炎上中である。新国立競技場問題のほとぼりも冷めぬうちに浮上した、公式エンブレムの“盗作”騒動。渦中のデザイナー・佐野研二郎氏(43)を待ち受けるのは、ベルギーが誇る辣腕弁護士と、訴訟の連鎖という悪夢だった。

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東京五輪公式エンブレムの“盗作”騒動は、ベルギーだけに留まらず、英・ガーデイアン紙や、仏・フィガロ紙でも取り上げられ、すでに国際問題の様相を呈している

 東京五輪が“日本を世界に発信する晴れ舞台”ならば、開会前から世界中の注目を集める公式エンブレムは、まさにその象徴である。無論、その知名度が“疑惑”と“不信”によってもたらされたことを除けばの話だが――。

 佐野氏が手掛けるエンブレムが華々しく発表されたのは7月24日。しかし、数々の受賞歴を誇り、晴れて“日本代表”の座を射止めた人気デザイナーが歓喜の余韻に浸る暇はなかった。それからわずか3日後に、ベルギーのリエージュ劇場のロゴデザインを担当したオリビエ・ドビ氏が、佐野氏の“盗用”疑惑をぶち上げたからだ。

 その後の騒動についてはご承知の通りだが、実はこの件、ベルギーでも大々的に報じられていたという。

 首都・ブリュッセル在住のジャーナリストによれば、

「こちらの全国紙には、東京五輪のエンブレムとリエージュ劇場のロゴを並べて、“あなたはどう思う?”という見出しが躍り、国営放送もドビさんのインタビューを放映しました。ただ、ベルギー国民はそもそも親日的で、昨年末に元王妃が亡くなった際には、日本の皇后陛下が国葬に参列されるなど、王室と皇室の関係も深い。そのため当初は新聞も、双方の主張を公平に載せていたのですが……」

 そんな親日国から寄せられた抗議を佐野氏は一蹴し、反論会見では「全く似ていない」「盗用は事実無根だ」と切って捨てた。

 これに対してドビ氏側は、即座にIOC(国際オリンピック委員会)を相手取り、ベルギーの裁判所に提訴。エンブレムの使用差し止めと、それを使った企業や公的機関に5万ユーロ(約690万円)の賠償金を支払わせるよう求めた。

 すると、今度は東京五輪の組織委員会が、「われわれの詳細な説明に耳を傾けようとせず、提訴する道を選んだ」と、彼らに非難を浴びせたのである。

「ベルギーでも日本側の強硬な反応や、佐野さんがデザインしたサントリーのキャンペーン賞品の一部が取り下げられたことが報道されています。そのせいでエンブレム問題についても“剽窃(ひょうせつ)”という強い言葉で批判する論調が増えた」(同)

 この件はベルギーだけに留まらず、英・ガーディアン紙や、仏・フィガロ紙でも取り上げられ、すでに国際問題の様相を呈している。

 ここまで炎上すれば、エリートデザイナーにとっては大打撃だろう。だが、佐野氏にはさらなる“難敵”との戦いが待ち構えているという。ドビ氏側の代理人を務めるアラン・ベレンブーム弁護士、その人だ。

「彼はベルギーを代表する有名弁護士です。『タンタンの冒険』で知られるエルジェや、画家のルネ・マグリットの財団で法務を受け持つだけでなく、ベルギー王の顧問弁護士も務めている。実は、彼は日本と浅からぬ縁があります。というのも、70年代に大島渚監督の『愛のコリーダ』の上映を巡って、ベルギーで大論争が巻き起こった際、表現の自由を守る立場で奮闘したのが若きベレンブーム弁護士でした。彼の活躍で映画は公開へと漕ぎ着けています」(同)

 日本映画のために身を挺して戦った弁護士が、時を経てエンブレム問題で日本の前に立ちはだかるのだから皮肉な話である。

 とはいえ、その実力は折り紙つき。大阪芸術大学の純丘曜彰教授(美術博士)も、“王室御用達”弁護士の辣腕ぶりを高く評価する。

「何しろ、彼はヨーロッパにおける芸術分野の著作権法制を作り上げた人物ですからね。今回のような裁判では抜群の強さと影響力を誇っています」

 一方、東京五輪の組織委は、“世界各国で調査を行い、エンブレムが他者の商標権を侵害していないことは確認済み”と強気の姿勢を崩さない。しかし、

「先日、焼き鳥チェーンの『鳥貴族』と『鳥二郎』のロゴが酷似していることが取り沙汰されましたが、商標権が問題になるのはそのような同業他社の場合だけ。今回のエンブレム盗作問題には関係がありません」(同)

 著作権訴訟に通じた、元東京高検検事の牧野忠弁護士も厳しい見解を示す。

「どちらのデザインも全体が縦に3分割され、図形の配置や曲線まで似通っています。裁判ではこうした点を詳細に確認しますが、少なくとも、ベルギー人の裁判官が相手では勝ち目は薄いと思います。早めに和解に持ち込むか、佐野さんのデザインを取り下げるべきではないか」

■日本でも提訴

 もちろん、ベルギーで裁判に負けたとしても、その法的効力は日本国内には及ばない。しかし、著作権法に詳しい弁理士の平野泰弘氏はこんな懸念を口にする。

「仮にドビ氏側が裁判に勝てば、彼らは日本でも同じ訴訟を起こします。ベルギーで採用された証拠は次の裁判の参考となるので、彼らが日本で勝訴する可能性は高い。さらに言えばアメリカやイギリスで裁判になっても勝てると思います」

 この“訴訟の連鎖”の行き着く先にあるのが、最悪のシナリオだという。

「各国での裁判が長引き、東京五輪が開催されてから敗訴すると、取り返しのつかない事態を招きかねません。ドビ氏側が求めているように、スポンサーがエンブレムを使った商品などの広告、販売を行えなくなった場合、彼らはIOCに損失の補填(ほてん)を求めます。そうなるとIOCは、裁判に負けて“盗用”が確定した佐野さんに損害賠償を請求する。その請求額は、全スポンサー料の2分の1近くに達する危険性もあるのです」(同)

 東京五輪の“国内スポンサー収入”は1500億円を超えたとされ、その半額の750億円以上の支払いが彼の身に降り懸かる危険性は拭えないのだ。

 また、先に述べたサントリーのキャンペーン賞品を巡っては、デザインを模倣されたアメリカのデザイナーが法的措置を検討中とも報じられた。こうした負の連鎖を前に、エンブレムについて“問題ない”と繰り返してきたIOCが手の平を返す懸念も指摘される。先のジャーナリストが続ける。

「IOC委員には、イギリスのアン王女をはじめ各国の王室関係者が名を連ねている。そのため、本音ではベルギー王室と関わりの深い弁護士との敵対は避けたいのです。ちなみに、一昨年のIOC総会で2020年の五輪開催地を“Tokyo!”と発表したジャック・ロゲ前会長もベルギー王から爵位を授けられています。ベルギー側に気を遣ったIOCが、エンブレムの取り下げを勧告してくることも十分に考えられる」

 とはいえ、新国立競技場問題から続く汚点の“連鎖”を断ち切るには、日本が自ら決断を下す他あるまい。

週刊新潮 2015年9月3日号掲載

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