安倍総理が抗日戦勝式典の訪中を中止! 「尖閣諸島」領空侵犯の動画で兵を募る「中国海軍」の挑発

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 安倍総理もこれを見ていたのだろうか。中国の抗日戦勝式典への欠席を決めた折も折、中国海軍のリクルート用の動画が反響を呼んでいる。尖閣諸島の上空を「領空侵犯」したかと思えば、人工島や海上施設も登場する「挑発動画」をこの時期に公開した理由とは。

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 日本の終戦記念日は、玉音放送が流れた8月15日。だが、中国では9月3日を指している。もっとも終戦当時、日本軍が降伏した相手は共産党軍ではなく国民党軍だったことは中国でも周知の事実だ。だが、習近平国家主席にとって、そんな史実はどうでもいいのだろう。今年の9月3日に開かれる「抗日戦勝70周年記念式典」では、戦勝国の元首として安倍総理と向き合うはずだったからだ。

 ファシズムとの闘いに勝利した中国共産党のトップと、それを讃える敗戦国・日本の総理大臣。習主席はそんな光景を頭に描いていたのかもしれない。だが、やはりというべきか、出席は見送られることになった。

 ここに至るまでの日中の「駆け引き」を外務省の担当記者が説明する。

「習主席は、この日のセレモニーを反日一辺倒ではない“平和の式典”にすると大々的にアピールしていました。加えて、日本政府に切ってきた外交カードが“日中首脳会談”だったのです。これまで会談を行うための条件にしていた『靖国参拝の取り止め』、『尖閣問題を認めること』も脇に置いて、とにかく、9月3日に出席してくれるのなら、首脳会談を行ってもいい、と打診してきたのです」

 だが、中国事情に詳しいジャーナリストの高口康太氏によると、

「平和の式典なんて表向きです。この日は、午前中に大規模な軍事パレードが予定されていますが、本来、中国共産党の内規で“パレードは何周年目の建国記念日に行う”と厳格に規定されているもの。ところが習主席は、これを無視して強引に9月3日の開催を決めてしまった。就任当初は最弱と言われた習主席ですが、ライバルを蹴落とし、ここまで力をつけたということです。その約3年間の権力闘争の集大成を誇示する場であることは間違いありません」

 一方、安倍総理も最初は乗り気だった。外交での成果は支持率アップに直結するからだ。7月16~17日に谷内正太郎・国家安全保障局長を北京に送り、楊潔チ国務委員(前外相)らと具体的なスケジュールを詰めさせていた。ところが、この式典にダメ出しをしたのは、欧米諸国である。

「中国政府は世界約50カ国の首脳に招待状を送ったものの、戻ってきた返事はつれないものばかりでした。アメリカのオバマ大統領は早々に不参加の意思を伝え、EU諸国もチェコを除いて主な首脳は出ない方針です。結局、出席するのはロシアのプーチン大統領や韓国の朴槿恵大統領、それに中国と関係の深い中央アジア諸国ぐらい」(前出の外務省担当記者)

 南シナ海の環礁を一方的に埋め立てて人工島を建設したり、今年だけで200人以上の人権派弁護士や活動家を投獄している国を褒め称えられるわけがない。安倍総理もそれを承知のはずだが、日中首脳会談という「魔力」はよほど強力だったのだろうか。

■使命的召喚

「日本政府は妥協案として記念式典翌日の9月4日に訪中するのはどうか、と中国サイドに打診していたのです。これは、前例がある。モスクワで5月9日に開かれた『対独戦勝70周年記念式典』では、ドイツのメルケル首相が当日こそ欠席したものの、翌10日にロシアを訪れてプーチン大統領と会談している。この“メルケル方式”を提案していたのです。また、この日であれば2日から中国訪問予定の朴槿恵大統領を交え、日中韓首脳会談も出来ます」(同)

 しかし、中南海(中国指導部)からの返事はなかった。時間切れと見た安倍総理は、8月24日、参院予算委員会で『国会の状況を踏まえて出席しないことにした』と発言。かくて、式典出席は土壇場で流れたのである。

 この結果に胸を撫で下ろすのは、中国出身で評論家の石平氏だ。

「これまで国民の不満のガス抜きになっていた“反腐敗キャンペーン”も、これ以上の大物を逮捕できないところまでやってしまった。そこへ来て株の大暴落や、天津の大爆発事故で不満が高まっています。そんな中国に行ったとしても、抗日戦勝利のダシに使われるだけ。何より、習主席は昨年、盧溝橋事件(7月7日)、南京事件(12月13日)、そして抗日戦勝記念日を正式に国の祝日に制定しています。これから永久的に“反日”を利用するためです」

 中国共産党の歴代権力者にとって「反日」は常に求心力を高める道具であり、隣国との摩擦は、人民解放軍を掌握するための手段である。そのことを何よりもよく示しているのが、8月6日に中国海軍がネットに公開した動画だ。

『海軍兵員募集』。そう題された4分20秒ほどの動画は、「スタート」をクリックすると、

〈我 們 的 夢 想(our dream)〉

 という意外にもロマンチックな言葉が現れる。

 そこで映し出されるのは、コンサートやスノーボードに興じる中国の若者、そして大都市の高速道路やビジネス街。どこかのハイテク企業のイメージビデオのようだ。

〈我々は1990年代に生まれ、その時すでに大国(中国)は勃興していた。我々は同じ憂いを抱え、同じ思いを馳せる〉

 貧しい頃の中国を知らない20代の若者に共感してもらおうとしているのか。と思いきや、シーンはうって変わり、勇ましい音楽とともに、別の言葉が浮かび上がる。

〈使命的召喚(Call of duty)〉

■距離にして3~5キロ

 荒波のなかを急浮上する潜水艦。そして、軍艦から急発進するヘリや戦闘機。アメリカ海軍のリクルートビデオをパクったかのような作りだが、ナレーションはこう語りかけてくる。

〈人類が生存の拠りどころとする地球。その71%は紺碧の海である。世界のどんな片隅でも紺碧の海があれば、そこは我々が保護するのだ〉

〈「一帯一路戦略」が提起され、国家の海洋と海外利益は急速に発展する。領土面積は広大だ〉

「一帯一路戦略」とは、国境を超え、大陸と海洋に対して経済圏を広げる中国の国家戦略のこと。そして、動画には見覚えのある風景が登場するのだ。

〈だが、わずかの領土であっても彼らの占領を許すことは出来ない〉

 挑発的なテロップの向こうに映っているのは日本の領土・尖閣諸島である。そして、動画は魚釣島のような小島の上空をなめるように映してゆく。

〈中国は300万平方キロの管轄海域があり、そのうち500平方メートル以上の島が6700以上ある。産出する物資は豊富で中国の海権の争奪は止んでいない。その闘争は留まるところを知らない。わずかな資源でも絶対に譲ることは出来ない〉

 中国にとって海は人類共有のものではない。利権争奪の「戦場」だとはっきり宣言しているのだ。

 尖閣諸島のシーンが終わると、日本が抗議している東シナ海の海上ガス田施設や、フィリピン沖の人工島と思しき施設が映し出される。隣国の総理大臣を招いての一大セレモニーを控えているというのに、遠慮のかけらも見られない。

 北京特派員によると、

「この動画は公開されるとCCTV(中国中央テレビ)が、さっそく8月8日のお昼のニュースで紹介しています。また、地方の衛星テレビでも流され“中国海軍は兵員募集CMを公開し、迫力のある映像で人々の心を震わせた”とか“実際の演習場面が多く用いられ、いずれも海軍初公開”と手放しで賞賛していました」

 そして、肝心の尖閣諸島の映像だが、動画を見た海上自衛隊のパイロットによると、

「動画に映っているのは、明らかに尖閣諸島の北小島、南小島です。東側から撮影し、背景には魚釣島も見える。距離にして約3~5キロでしょうか。我々の経験上、中国軍がここから撮影したというのは記憶にない。しかし、もし中国海軍が撮影したものなら、間違いなく領空侵犯したうえでの行為です」

 最近では、2012年12月13日、中国国家海洋局の飛行機が魚釣島の南側を飛んで領空侵犯した記録が残っているが、この時に撮影した可能性もある。そうでなければ“お得意”のパクリで、日本側の映像を勝手に使用しているのだろうか。

 領土拡大と人権侵害を正当化するため、「ファシズムと戦う正義の味方」であり続けなくてはいけない中国。そのために必要なものがもう一つある。それは、「残虐な日本」だ。

■チャイナタウンにも

 例えば反日プロパガンダを垂れ流す「抗日戦争記念館」。南京や北京の施設が知られているが、全体でどれだけ作られているのかご存じだろうか。

「大きなもので言えば、昨年の初頭、習主席が南京大虐殺記念館の隣に『抗日戦争勝利館』の建設を指示しています。このプロジェクトは主席の肝いりで、今年の9月3日に間に合うように急ピッチで建設が進められています。予算も当初、1000億円以上だったのが、2回も予算が追加されているほど」(前出の北京特派員)

 中国政府の国家文物局長によると、昨年中に9つの抗日記念館・展示館、そして29カ所の抗日スポットをオープンさせている。これまでに作られたものと合わせると、国が認定したもので220カ所以上になる。

「市などの自治体が認定したものを入れると、軽く1000カ所を超えると言われています」(同)

 今や中国はどこもかしこも「抗日記念館」だらけ。そして、8月15日、抗日記念館としては初めての海外施設が、サンフランシスコのチャイナタウンにオープンした。

 記念館を作ったのは、在米中国系実業家のフローレンス・ファン女史で、「真珠湾攻撃で命を失った米国人も追悼したい」とセレモニーで語っていた。だが、中に入れば、その目的はすぐに分かる。

 記念館を取材した日本人ジャーナリストが言う。

「記念館は2階建ての古いビルです。1階は日中戦争について時系列的に理解できるようになっており、2階には中国を支援した米国の義勇軍などの展示がある。しかし、中でも目を引くのが南京事件のコーナーです。説明書きには日本軍が大規模な民間人殺害、レイプなどを行い、犠牲者は30万人とある。思わず目を背けたくなる写真も飾ってありますが、客観的な検証は何もありません。中国政府が主張してきたものをそのまま伝えているだけです」

 決して大きな施設ではないが、チャイナタウンの目抜き通りにあるだけに、影響力は決して無視できない。

「記念館は入場無料なので、観光目的でチャイナタウンを訪れた外国人が気軽に入館できるのです。ふらりと立ち寄った観光客が日本軍の“残虐行為”を見せられるうちに、説明に書いてあることを事実だと信じてしまう。実際、私が見学した当日も、ヨーロッパからの観光客と見られる白人たちが熱心に南京事件のコーナーに見入っていました」(同)

 中に展示してある資料も含めて、こうした「抗日記念館」は中国政府の監督のもとにある、とは先の北京特派員の解説である。

 話を中国海軍に戻そう。先に紹介したビデオは「征兵」(義務兵)の募集ビデオだ。中国では地方に一定数を割り当てる徴兵制をとっており、それを「征兵」と言う。だが、前出の高口氏が言うのだ。

「中国では“征兵難”といって兵員不足が社会問題化しています。学校での軍事体験にクレームをつけるモンスターペアレントもいて思うように出来ない。幹部ならともかく2年で退役する征兵など、キャリアの無駄だと思う若者が増えているのが実態なのです」

 人手不足を解決するためにも、やっぱり中国は「悪い日本」が必要なのである。

週刊新潮 2015年9月3号掲載

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