疑惑のデパートという「佐野研二郎」デザイン

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 目映いスポットライトを浴びた分、背後に生じた影は濃くなったというわけだ。新国立競技場に続いて、東京五輪にミソを付けた公式エンブレム盗作問題。デザインを手掛けた佐野研二郎氏(43)は、もはや疑惑のデパートと化している。この先、一体どうなるのか。

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東京五輪のエンブレムがベルギーの『リエージュ劇場』から、ロゴの模倣を指摘されている

 まさに、大炎上といった状態に置かれている。

 ベルギーの『リエージュ劇場』から、ロゴの模倣を指摘され、8月5日、弁明の記者会見に臨んだ佐野氏は、「アートディレクター、デザイナーとして、ものをパクるということはありません」と胸を張ってみせたものの、パクリ疑惑は一向に収まる気配がない。

 それ以降、TBSのマスコットキャラクターやトヨタの『ReBORN』マーク、腕時計……、次から次へと過去のデザインにも疑いの目が向けられている。

 なかでも、サントリーのトートバッグの場合は、半ば盗作を認める格好で、30点のうち8点を取り下げざるを得なくなったのはご存じの通りだ。

 しかし、本来、盗作からは縁遠いはずの、業界でその名を知られたデザイナーだった。

「佐野さんは20年ほど前に博報堂に入社し、最初はサラリーマンデザイナーをしていました」

 と、あるベテランデザイナーが話す。

「そのときに手掛けたのが、日光江戸村のキャラクター“ニャンまげ”。そのデザインによって、一躍、業界内で高い評価を得るようになった。2002年には、若手デザイナーの登竜門である“日本グラフィックデザイナー協会新人賞”を受賞しています。7年前、社内結婚した奥さんとともに独立し、デザイン事務所を立ち上げた。それ以後、一流企業の広告だけでなく、山形県のブランド米のパッケージや東山動植物園のキャラクターのデザインなど地方自治体の仕事も引き受けるようになりました」

 一昨年、毎日新聞主催の“毎日デザイン賞”という伝統のある賞を獲得し、さらに今年、わが国におけるグラフィックデザインの草分け的存在の名を冠した“亀倉雄策賞”を受賞している。

 着々と、日本を代表するデザイナーとしての地歩を固めつつあったところへ、降って湧いたようなパクリ疑惑に見舞われたのだ。

 そもそも、佐野氏はどのような経歴の持ち主なのか。

 親しい知人によれば、

「東京・目黒の出身で、中学時代は野球、高校では陸上に打ち込んだスポーツ少年だった。本格的に美術の勉強を始めたのは、高校3年生の春から。代々木ゼミナールの造形学校に通い出した。同期には、現在写真家で映画監督の蜷川実花さんなどがいました」

 浪人生活を経たものの、デザイナーを志す学生にとっては最難関の一つ、多摩美術大学のグラフィックデザイン科に合格。

「2つ年上のお兄さんは、東大法学部から経産省に入ったキャリア官僚ですから、佐野さんも基本的に頭が良いのでしょうね。大学では、のちに“くまモン”のデザイナーとして時の人となる水野学さんとラグビーに明け暮れていた。それでも、博報堂に入社したいがために、数多くの作品を制作してコンペに出品したり、知識と人脈を広げようと審査のアルバイトをしていたそうです」(同)

 念願叶って、第一志望の博報堂に就職できたわけだが、そこでの仕事ぶりについて元同僚はこう話す。

「当時、会社には花形デザイナーの佐藤可士和さんらがいました。営業から仕事が発注されると、佐藤さんらはプロジェクトチームを結成します。そこに呼ばれる若手には、大抵、サノケンが入っていました。先輩からも、実力を認められていた証拠です」

 とりわけ、可愛らしいキャラクターを用いる広告を作成する場合に、“それなら、サノケンが欠かせない”と、その名が挙がったという。

「誰に対しても、サノケンは声を荒らげるようなことはなく、いつもニコニコしていて、傲慢なところがまるでない。だから、広告業界で働く人間は、いまも悪くは言いません。それどころか、“サノケンを売らないように”とみなで口止めし合っているくらいです」(同)

■刑事罰

 確かに、佐野氏のパクリ疑惑を次々と暴き立てているのは、同業者のデザイナーなどではなく、主にネット住民であることは間違いない。

 前出のベテランデザイナーが明かす。

「デザイン業界というものは、言ってみれば大変に狭い世界です。佐野さんの経歴を見てもわかりますが、この業界でトップクリエイターと呼ばれる人たちは、特定の美大の卒業生と大手広告代理店の出身者ばかり。なので、ほとんどのトップクリエイターが、互いに何らかのつながりを持っているのです」

 となれば、当然のことながら、コンペの出品者と審査員が顔見知りというケースも少なからず発生する。

「五輪エンブレムでも、博報堂の先輩の父親である大御所デザイナーや、元部下のデザイナーが選考委員を務めていました。逆に、その元部下が“毎日デザイン賞”を受賞したときは、佐野さんがその選考に関わっていた。デザイン業界では、仲間内で賞を贈り合って褒め称えているようなもの。共存関係にあるから、佐野さんの盗作を批判するのは、自らの首を絞めることにもなりかねないのです」(同)

 要するに、馴れ合いの結果、東京五輪にミソを付けたというわけなのだ。

 大阪芸術大学の純丘曜彰教授(美術博士)は、こう指摘する。

「私の目からすれば、五輪エンブレムは、現実的には盗作というほかありません。ただ、それは法的に争えばどちらに転ぶかわからない面もありますが、トートバッグの“BEACH”というデザインはアウトだと見ています。米国のデザイナーが法的手段を取る構えですし、向こうでは知的財産の侵害には刑事罰が伴います。いくらなんでも、刑事犯罪に問われたデザイナーの作品を東京五輪で使うわけにはいきません」

 新国立競技場問題は撤退にもたつき、余計に傷口を広げた。五輪エンブレムは早々に白紙に戻すのが、最善の策ではないのか。

週刊新潮 2015年8月27号掲載

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