マフィアを生んだシチリアレモン/『柑橘類と文明:マフィアを生んだシチリアレモンから、ノーベル賞をとった壊血病薬まで』
シチリアを旅した折、地元の人から、シチリアのレモンは一年を通じて実がなり、各家庭ではそれで自家製のレモン酒、リモンチェッロを作るという話を聞いたことがある。が、レモンが、マフィアを生み育てたということはこの書で初めて知った。イスラム教徒がこの島にレモンを持ち込んだのは九世紀のこと。首都パレルモの郊外に広がるコンカドーロ(黄金盆地)に精巧な灌漑施設を築き、壮大な果樹園を作り上げた。一九世紀初頭、英国海軍がレモンを壊血病に有効と定めてから、レモン栽培は莫大な利益を上げる一大産業と化す。果樹園の水利権を支配し、果実の卸売り・仲買を差配したマフィアは強大な富を手にした。レモンが世界各地で栽培され、商売のうまみがなくなると、マフィアは果樹園にヘロイン精製所を密かに作り上げた……。本書によればミカン属は、もともと中国原産のマンダリン、マレーシアとマレー諸島のブンタン、ヒマラヤ山脈の斜面に育つシトロンの三種しかなかったが、数百年にわたる交配と突然変異で膨大な種の柑橘類(オレンジだけで四〇〇〇種!)へと広がったという。例えばイタリア・カラブリア地方特産のベルガモットは、香水のオー・デ・コロンの原材料となり、紅茶アールグレイの香り付けに使われている。また正統派ユダヤ教の一派が祭礼に使うシトロンは厳密な規格を求められ、その栽培と収穫は驚くほどの繊細さで行われる。著者は英国人女性で、イタリア庭園に関する著作のほか日本の庭についての本も書いている。本書は堅苦しい学術書ではなく、柑橘類の自然誌としても、歴史書としても、またイタリア紀行としても楽しく読める。また、所々に柑橘類を使った料理のレシピ(リモンチェッロの作り方も載っている)が挿まれていて、著者の熱い“柑橘愛”が伝わってくる。夏の地中海の陽光の下、ハッとするほどの芳香を放っていたキンキンに冷やしたリモンチェッロをまた飲みたくなった。