健康賛美社会へあえて異論を唱える/『不健康は悪なのか――健康をモラル化する世界』
「お前、まだタバコ吸ってるのかよ」と親しい知人に注意される時、その言葉には必ず「体に悪いのに」という含みがある。それがまったくの善意からの指摘ゆえに、反論に窮する愛煙家は多いだろう。「喫煙習慣=不健康=悪」という構図が一般に定着しているから、喫煙者は無条件に「健康」を軽視する“反モラリスト”の烙印を押されているのだ。
こうした構図で語られる“現代のモラル”はタバコだけではない。太りすぎていれば「もっと痩せないと」、酔っ払って帰れば「飲みすぎは毒だぞ」、子供に哺乳瓶で授乳させていると「どうしておっぱい(母乳)で育てないの?」――。これらの指摘をバックグラウンドで支えるのは「健康は善」という思想である。
本書は、そうした風潮に異論を唱える。もし「健康であること」のどこに異論があるのかわからないなら、絶対に本書に目を通すべきだろう。一見、正しい価値観に思える「健康」という言葉を鵜呑みにする前にもう一度考える材料を、本書はさまざまな角度から提示している。
ただし、「論文集」なので平易ではない。それでも、取り上げられるテーマが多彩なので、どれか一つくらいは興味が持てる内容が含まれているはずだ。喫煙や肥満以外にも、出生前診断の是非、精神疾患激増の理由、夫婦間のセックスレス、癌との闘病……、本書が取り上げる「健康」を前提として形成された社会の別の側面を知れば、「健康」への認識は変わるかもしれない。少なくとも、自分がいかに「健康」という言葉に単一の価値観を植えつけられていたかがわかるはずだ。
かつて「テロとの闘い」という掛け声に誰もが疑いもなく賛同したが、今ではそこに戦闘が付きまとうことを誰もが知っている。これと同様に「健康のため」というメッセージも疑いようがない思想にみえるが、もう一度自分の頭で考えて判断してみたらどうか。本書は批判を承知で「現代のモラル」にそんな異論を投げかけている。