猛暑を乗り切る「除菌と感染症」の最新知識――蒲谷茂(医療ジャーナリスト)

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■あなどれない蚊

 こうした細菌に、負けず劣らず恐ろしいのがウイルスです。その大きさは、細菌が1ミリメートルの1000分の1単位であるのに対し、ウイルスは1ミリメートルの100万分の1単位。前者は倍率1000倍の光学顕微鏡で見られますが、後者は100万倍の電子顕微鏡でしか確認できません。そして、

「細菌はそれ自体が細胞であり、自力で栄養を摂って2つに分裂して増えていきますが、ウイルスは体内の細胞に入り込み、その代謝機構を利用して増殖していきます。1個の感染細胞から、数百個から数千個の『子ウイルス』を一気に作り出すのです」(笹原講師)

 似て非なる両者は、その対処法にも大きな違いがあります。頼みの綱である抗生物質(抗菌薬)は、細菌には有効でも、ウイルスに効くものは多くありません。抗ウイルス薬にしても増殖を抑えるに過ぎず、根絶やしにはできない。また、ワクチンはウイルスを無毒化や弱毒化して接種し、体内に免疫を作って感染を防ぎますが、全てのウイルスに対して開発されてはいないのです。

 つまりは細菌よりはるかに厄介であり、先ごろ話題になった「MERS」や「エボラ出血熱」、そして「デング熱」は、いずれもウイルスによる感染症でした。

 国立感染症研究所で感染症情報センター長をつとめた、川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長に聞くと、

「エボラ出血熱やMERSなど、新しい病原体による『新興感染症』は、医療関係従事者の間でも知識や経験が十分に行き渡っていないのが実情です。海外から戻って熱や咳、下痢などの症状で受診した際には、感染源の特定のため、動物との接触の有無、食事内容などを伝えて頂くと、診断する上で大きなヒントとなります」

 感染源と接触しても、むろん誰もが罹患するわけではありません。元来、体内では口、鼻、咽喉、腸、膣などに細菌やウイルスが棲息し、通常は免疫によって抑えられています。抵抗力や免疫力が落ちると病原体の侵入が容易となり、発熱や下痢、腫れや関節痛などの症状が現れるのです。

「主な経路は『空気感染』『飛沫感染』『接触感染』に大別されます。空気感染は文字通り、散っている細菌やウイルスからの感染で、結核などが該当します。飛沫感染は咳やくしゃみなどの細かい水滴に細菌やウイルスが含まれており、水滴の重さから飛んでも1~2メートル以内ですので、マスクも有効です」(同)

 そして、血液や尿、便などの病原体に直接触れて起こるのが接触感染です。

「感染力が強いノロウイルスは、患者の吐しゃ物を掃除する際などに感染するだけでなく、乾燥した吐しゃ物が埃とともに舞い散って、それを吸い込むことでも感染する場合があります」(同)

 なお、一般的に食中毒には75℃1分間、ノロウイルスには85℃1分間の加熱殺菌が有効とされています。

 また、昨年は国内でデング熱が流行りました。元々はインド亜大陸や東南アジア、中南米の熱帯・亜熱帯でみられる感染症で、いずれも都市部で多いのが特徴。ご存じの通り、感染者の血を吸った蚊がウイルスを媒介するのですが、感染源となった東京・代々木公園では当時、そうした国々のイベントが開かれ、多くの人で賑わっていました。

「デング熱は血清型によって4タイプあります。あるタイプのウイルスに感染し、治れば二度とその型には罹りません。しかし、他の型には免疫が形成されておらず、もう一度罹ると重症になる恐れがあります」

 そう話すのは、東京医科大学感染症科渡航者医療センターの水野泰孝准教授。

「どのタイプに感染したかは、ウイルスが体内にいる間に調べないと分かりません。感染すると38~40℃の発熱、激しい頭痛や筋肉痛、発疹が現れますが、直接に肺炎などは起こしません。しかし重症化すると、血管の透過性が上がり、血液中に留まっているはずの水分が体内に浸入し、肺やお腹に溜まって死に至ることもあります。現状では、熱を下げるなどの対症療法しかないのです」

 同じく蚊が媒介するのがチクングニア熱。専門家からは今夏、日本で流行るおそれが指摘されています。東南アジアやアフリカに多く、昨年は中南米で大流行、100万人以上が感染し、北米にも飛び火しました。国内で初めてその症例を報告したのが、水野准教授です。

「最大の特徴は関節痛。患部の画像は、骨が壊れたように見えます。荷物が持てず、肩も上げられない。車のハンドルが握れない場合もあるようです。チクングニアというのはアフリカの言葉に由来し、『身を屈める』とか『曲げるもの』の意味で、まさにその通りになる。死ぬことは稀ですが、痛みが数カ月から数年にわたる人もいます」(同)

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