妻思いの65歳「自治会長」を背後から刺した「17歳強殺犯」の育ち方
梅雨明けを待つ今月12日夜のことである。“名古屋のベッドタウン”こと愛知県日進市の住宅街で、妻思いと評判の自治会長が背後からナイフによる急襲を受け、絶命した。犯人は17歳の高校3年生。この強殺犯を胚胎させた環境とは、どういったものだったのか。
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市内に少しばかり散らばる水田や畑は、あたかも周辺の“変化”から取り残されたことを恥じ入るように拡がっている。
愛知県日進市は、名古屋駅までクルマで30分ほど。電車なら、名古屋市中心部にも豊田市にも1本で行くことができる。その便の良さから、名古屋のベッドタウンとして宅地開発が進められてきた。
今年で市制施行21年目を迎えたが、この間、人口はおよそ1・6倍の9万人弱に膨れ上がった。近隣の学校はおしなべてマンモス化し、日本の多くの地域と違って、「多子化」が進行してきたというわけだ。
――この地で育った17歳の県立高校3年生が、65歳男性を背後から奇襲した。
大江健三郎著「セヴンティーン」(『性的人間』新潮文庫所収)には、
〈殺してやりたい、機関銃でどいつもこいつも、みな殺しにしてやりたい、ああ、おれに機関銃があったらなあ!〉
と、主人公である17歳の少年が、真率な感情を吐露する場面がある。
機関銃ならぬナイフを手に、同じく17歳の少年が事件を起こしたのは、7月12日午後8時30分ごろのことである。
その7日後、強盗殺人容疑で逮捕されることになる彼の横顔と育ち方はあとで述べるとして、まずは殺害のあらましに触れておこう。
地域の自治会長を務めていた川村典道さんは、12日午後6時半から現場近くの公民館で開かれた会合に出席。これが8時15分ごろに終わり、それから近くのコンビニで妻と自分の分の弁当を購入したうえで、700メートル先の自宅へ歩いて戻る道すがら、災難に遭遇した。
「川村さんは普段からきちっとした服装で、物腰の柔らかい方です。奥さんと2人暮らしで仲も良く、一緒に犬の散歩をしているのをよく見かけました。犬種は茶色に少し白が入ったコーギー。いつもはコンビニ弁当を好んで食べているようには見えなかったのですが、足を骨折して体調が万全ではない奥さんを気遣ってのことだったんでしょう」
と言って肩を落とすのが、自治会メンバーのひとりである。とにかく運命の悪戯を嘆くほかないのだが、
「男子生徒は川村さんと面識はなく、“コンビニで川村さんを見かけた際に狙うことに決めた”と話しています」(全国紙社会部デスク)
現場は片側1車線の県道沿いの歩道で、川村さんの自宅までは目と鼻の先。少年は後ろを追いながらタイミングを見計らっていた。やがて、行き交う車のヘッドライトが街灯代わりといったような暗がりまで来て、彼は凶行に及んだのである。
「救急隊が駆け付けたときにはすでに心肺停止状態だった。出血は、胸、首、そして顎の3カ所から。司法解剖の結果、“首の切り傷が致命傷と見られる”とわかっています。さらに遺体の両手には、身を守ろうとしたときにできる“防御創”がほとんどない。だから、抵抗する間もなく殺害されたと捜査関係者は見ています」(同)
このあと少年は現金6000円の入ったショルダーバッグを奪って逃走し、近くの公園で返り血を浴びた身体やシャツを洗い流していたのだ。
「にもかかわらず」
と、これは先のデスクが続ける。
「当初は認めていた殺意も、今は否認に転じています。川村さんには背中から肺まで達するほどの深い傷を含めて、10カ所以上の刺し傷や切り傷があり、強い殺意を持っていたことが明白なのですが……」
現場で何が起こったのか。元東京都監察医務院院長の上野正彦氏は、
「犯人は頸動脈をいきなり切ったのでしょう。この急所を刺されると、2、3メートル先まで大量の血が噴出し、血圧が一気に下がり、意識を失う。一方で犯人は当然、返り血を浴びています」
としたうえで、こう解説する。
「今回のような滅多刺しは多くの場合、動機は怨恨ではありません。さらに、一見残酷に映りますが、犯人はむしろ弱い。どうしてか。それは、倒れた相手が起き上がって自分を襲ってくるのではないかという恐怖心と保身の心理が働いての行動だからです」
■持ち前の忍び足
そのコンビニから500メートルほどの距離にある木造2階建ての家で、少年は祖父母に加えて叔母と暮らしている。
「逮捕された男の子が1歳のときだったと思いますが、お父さんとお母さんが離婚したんです。その際にあの子は、おじいちゃんとおばあちゃんに引き取られました。おばあちゃんが、“今度ウチにちっちゃな子が来るんです”と話していたのを覚えていますから。また男の子が幼稚園のころ、おじいちゃんが公園で遊ばせているのを見かけたことがありますよ」
と言うのは、近所に住む主婦である。
少年の父は離婚の数年後に再婚し、いまでは再婚相手との間に子供がいるそうだ。とにかく母親ともども、この家には寄り付かなくなって久しいのだ。この主婦が続ける。
「少し前に、長く勤めた会社を退職したおじいちゃんは、町内会の活動にも積極的に参加していました。“定年になったんだからそれぐらいやった方がいいわよと妻に言われた”なんてね。いずれにしても、おじいちゃんとおばあちゃんのお気持ちを考えると辛いです。大事に育ててきたことでしょうに、あんなことをしてしまって」
――地元の公立中を卒(お)え、高校へ進学した少年は毎日、手作りの弁当を持参していたという。
「彼は理系で名城大志望。地元の大学へ行きたい者のなかで、名古屋大や名古屋工業大には届かない生徒が狙うところです。あいつはクラスの人気者ではないけれど、かといっていじめられているわけでもありません。何というか、“剽軽なオタク”という感じでしょうか」
と評するのは、高校のさる同級生である。
「僕らが“ホモゲーム”って呼んでいるものがあるんです。友だち5人くらいで喋っていたりしたら、あいつが後ろからソロリと近づいてきて、おしりを触ってくる。ふわっとソフトな撫で方で、そのままにしておくと後ろから羽交い締めにされたりなど、他の部分にエスカレートしちゃう。とにかくボディタッチがとっても多いんです」
別の同級生が、
「触られて“うわ~”と振り返ると、あいつがニヤニヤしているんです。僕はこの1学期の間に何十回も触られていますねぇ。その都度“やめろ”って言うんですけど、“なんでだよー、いいだろう?”と全然聞かないんです」
こう苦笑しつつ、後を受ける。
「そんなことばっかりしているんで、クラスでは“ホモ”で通っていました。ただ、4月のある日、休み時間にたまたまあいつと2人きりになったときに、珍しく真面目な顔して、“みんな、俺のことホモって言ってるけど、お前も俺のこと、そう思ってるでしょ? でもさ、これはネタだから!”って言われて困ったことがありました。実際には、憧れている女子がいたとは聞いていますけれどね」
そうは言っても、少年には明確に“好みのタイプ”があるという。
「女子にはもちろんタッチしませんし、顔の濃い奴もNG。文化系のクラブに所属している、顔のうすい男子が好みみたい。それにしても、いつの間にか背後に立っているというのが、本当に気色悪いんです」
気になった男子生徒が訊ねたところ、
「“メタルギアソリッドだよ”と言うので合点がいきました。あれ、敵に見つかってはいけないので、いつも背後から近づいていくでしょ」
『メタルギアソリッド』とは、大ヒットしたプレイステーション用のゲーム。テロ集団の占領地区に単身潜入し、任務を行なう特殊部隊隊員が主人公である。
ゲーム譲りとはいえ持ち前の忍び足が、強殺事件でも遺憾なく発揮された恰好なのだ。
■「返り血は浴びたくない」
少年の蛮行の背景を物語ろうと思えば、ナイフヘの執着と殺人への尽きせぬ興味について、触れなければなるまい。
「いまだに信じられないという気持ちと、あぁ、やっぱりあいつか、と思う気持ちと半々です」
と話すのは、友人のひとりである。事件が突然のことゆえに、感想を簡単にはまとめられないようだ。もっとも、“やっぱりあいつか”という部分について、血の臭いを嗅いだ“ゴールデンウィーク直前のこと”を、こう振り返り始めた。
「放課後に待ち合わせて、近くの牧野ヶ池緑地で遊んだ日のこと。ゴルフ場がすっぽり収まるほど大きな敷地なんですけど、そのなかに、白美龍神社っていうのがあって、そこへ向かうことになりました」
鬱蒼とした森の、ぬかるむ道をとぼとぼ歩き、神社を目前にしていた。ちょうどそのとき、この友人の目を射たのは、少年のズボンに引っかけられた黒くて細長い袋だった。
「思わせぶりに」
と、彼が言葉を継ぐ。
「その袋から、刃が黒いサバイバルナイフを取り出しました。片刃で刃渡りは30センチくらい。それを見せつけながら、“これ、いいでしょう? ネットで1万円いかんくらいだった”と得意げに言うんです。ええ、ずっしりと重くて本格的なもの。それであいつは、神社の脇にある細い木の枝を左手で引っ張り、右手でスパッとナイフを振り下ろした。見事に枝は落とされたから、“いい切れ味だ”ってニヤついていました。夕方6時くらいで、かなり暗くなっていたこともあって、彼に不気味さを覚えたので、逃げるようにして帰ったんです」
ひるがえって、殺人への興味をほのめかした折のことを語ってくれるのは、先の同級生のひとりである。
「1カ月くらい前のことですが、“いま、人の殺し方を調べているんだよね”ってポツリと言うんです。“え、なんでなん?”と聞き返すと、“ネットでね”としか答えない。それで僕の脇腹を指差して“この辺をグサッてやると一発らしい。そう、腎臓を刺したら一巻の終わりなんだ”と、かなり真剣な表情でした」
その日の少年には、どこか常ならぬ様子があった。
適当に受け流そうとした同級生を遮るように、彼はまくしたてたのだった。
「自分の首を撫でながら、“首も結構、簡単にいけるらしいんだ。あと、かなり難しいけど心臓も一発らしい。ただ、あんまり血しぶきを出したくない。返り血は浴びたくないからさ”と。そう言えば、暴力的な描写がウリの漫画を普段から愛読していたり、とりわけ銃の種類に詳しかったりしました」
このときすでに、殺人についてかなり前のめりになっていたのは間違いない。
「人の殺し方を調べている」――。ずっと言うべくして言わなかったことを、ついに口にした。そんな満ち足りた心だったのだろうか。
■「愛情剥奪」
この同級生が少年と最後にやりとりしたのは事件翌日、13日のラインでである。彼が説明する。
「いきなり“アタッシュケース2つの荷物を預かってほしい”とメッセージが来たんです。で、断ったら、“どうしても”と畳みかけてくる。あとで、友人の家からナイフが出てきたと聞くと、あぁ、僕にも同じように凶器や血がついた衣服を渡そうとしていたんだろうなと思います」
少年はこの日から17日の終業式まで、いつもと変わることなく通学を続けていたのである。
精神科医の片田珠美氏の分析によると、
「彼の生育環境と犯行とを読み解くキーワードは、〈1〉愛情剥奪、〈2〉見捨てられ不安、そして〈3〉基本的信頼の欠如です。〈1〉と〈2〉に関しては、幼少の頃に親に捨てられた体験から、愛情を渇望しているし、他者から見捨てられるのではないかという不安を常に抱えているということ。彼が男子生徒にボディタッチやハグなどスキンシップを求めるのは、そういった精神性に起因している可能性があります」
そして〈3〉については、親子関係という人間関係の“基本のキ”がない状態を指す。本来であれば、まず母親が子供に対して愛情を注ぎ、子供は「基本的信頼」を抱くものだが、
「母親に愛された実感のない彼は、『基本的信頼』がないため、人間不信に陥りやすい。すなわち、〈1〉から〈3〉が絡み合うことで、怒りや欲求不満を抱きやすく、衝動や攻撃性を統制できなくなる。“人を殺したい”と思っても、相手の家族が悲しむといった抑止力が普通は働きますが、それが機能しなかったのです」(同)
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