態度軟化「朴槿恵」大統領の喉に刺さった「慰安婦像」
世界遺産登録許すまじ――と、激しく振り上げた拳をアッサリおろした韓国の朴槿恵(パククネ)大統領(63)。アメリカの圧力、問題山積の国内事情……。態度軟化の背景には様々な要因が横たわっているが、ならば、朴大統領の喉に刺さったままの「慰安婦像」はどうなる?
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「過去にのみ執着するあまり、現在および未来への道を誤ってはならない」
50年前、日本と韓国の国交正常化を果たした、朴正煕(パクチョンヒ)大統領(当時)の言葉だ。「屈辱外交」との声が韓国国内に渦巻き、全国の大学や高校で休校が命じられるほど反対運動が燃え上がる中での政治的決断だった。
翻って、“過去にのみ執着するあまり”日韓関係を袋小路に追い込んでしまったのが、娘の朴槿恵大統領。しかも、それによって彼女自身までもが袋小路に迷い込む結果となったのは、皮肉なことである。何しろ、直近の支持率は29%。すっかり国民からソッポを向かれてしまっている。
そんな中で迎えた、日韓国交正常化50周年の節目。
「雪解け」「軟化」――新聞にはそんな文字が躍るが、その背景に透けて見えるのは、恥も外聞もかなぐり捨て、袋小路を脱するためにもがく、朴大統領の姿だ。
「6月22日、ソウルで行われた国交正常化50周年の記念式典に朴大統領は出席しましたが、元々は欠席し、閣僚がメッセージを代読する予定でした。ところが直前になって方針転換、急遽、出席することになったのです」(韓国特派員)
朴大統領はその式典で、
「過去の歴史の重い荷物を、和解と共生の気持ちで下ろしていけるようにすることが重要だ」
と、挨拶。その“重い荷物”をわざわざ持ち出してきたのはどこの誰か、とツッコミを入れたくもなるが、同日、安倍総理も東京で行われた記念式典に出席。両国首脳の式典への「相互出席」が実現したのだが、これまで反日一辺倒だった朴大統領の「変節」はこれにとどまらない。
今年5月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関が世界文化遺産への登録を勧告した、日本の『明治日本の産業革命遺産』。韓国側はこれに対し、
「戦時中、朝鮮人労働者が強制徴用された施設が含まれている」
と、猛反発していたが、
「6月21日に行われた日韓外相会談では一転、登録について協力することで一致。日本側が、一部の施設で朝鮮人などが働いていた事実を説明文などで明示する、との配慮を示し、韓国側がそれを受け入れた格好です」(外務省担当記者)
あれだけ激烈に反対していたのに、あまりにアッサリと矛を収めた韓国。
「その厚顔無恥ぶりには驚かされます。さんざん批判していたのに、急に日韓友好などと言いだし、振り上げた拳をおろすとは……」
そう語るのは、『悪韓論』(新潮新書)の著者で、元時事通信ソウル特派員の室谷克実氏である。
「そもそも、日本が世界遺産登録を目指しているのは、明治時代の産業革命に関する遺産。朝鮮人などの徴用が行われた太平洋戦争中とは、時代が全く違うのです。また、韓国側は200万人が徴用されたなどと大げさなことを言っていますが、当時の日本にそこまでの海運力はない。登録に反対する理由からして、ほとんど言い掛かりなのです」
要するに、根拠のない「歴史的事実」を元に韓国が一方的に騒ぎ立てていただけ、ということなのだが、
「今回の件は、妥協したように見えることを計算した上での巧妙な戦略転換です。韓国のやり方に騙されてはいけません」
と、韓国出身で拓殖大学教授の呉善花氏は警告する。
「世界遺産登録に際して韓国に配慮し、強制徴用の事実を資料に残すようなことをしてしまえば、それは韓国人に新しい“日本の悪事の証拠”を提出することになります。将来の韓国人は“世界遺産の説明文に書いてある“などと言って、強制徴用を巡る謝罪や賠償を要求してくるでしょう」
したたかな彼の国のこと、確かにそれくらいは平気でやってきそうだが、いずれにせよ、今回の方針転換の背景にアメリカの存在があることは、呉氏をはじめ、多くの識者が一致して指摘するところである。
■国際社会で孤立する韓国
早稲田大学教授の重村智計氏が言う。
「今年4月、安倍総理は訪米して議会演説を行いましたが、韓国は事前にアメリカ政府に対して、”慰安婦問題を演説内容に盛り込むよう圧力をかけて欲しい”とかけあっていた。アメリカ政府はこれに強く反発し、逆に韓国に対して、日本との対話路線に舵を切るよう圧力をかけたのです」
元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏も、
「今年3月、駐韓アメリカ大使が切りつけられるという事件が起こって以来、アメリカの韓国を見る目は厳しい。今回、世界遺産の登録問題で妥協したのは、アメリカに対してのポーズに過ぎません」
と話すが、韓国が日本への態度を軟化させた外交的要因は他にもある。それは、
「中国との関係です。昨年11月と今年4月、中国の習近平主席と安倍総理の首脳会談が実現した。これに韓国側は危機感を抱いたのです。韓国は中国と一緒になって日本にプレッシャーをかけ、歴史問題で譲歩を引き出そうという戦略だった。しかし、その中国が日本との関係改善を進め、韓国は梯子を外される格好になったのです」(コリア・レポート編集長の辺真一氏)
こうした状況について、
「朴大統領は不安を感じていることでしょう。国際社会の中で、韓国は孤立しているのではないか、と」
拓殖大学大学院特任教授の武貞秀士氏はそう分析するが、外交評論家の田久保忠衛氏も同意見で、
「かたや日本はアメリカとの強固な同盟関係を再確認し、中国との外交ルートも積極的に開いている。そうした日本の外交を見て、世界で孤立化する自国の状況を確認したのでしょう」
一方、韓国国内に目を転じても、やはり朴大統領にとって頭の痛い問題が山積しているのが現状だ。
「直近の支持率が3割を切ったのは、MERS(中東呼吸器症候群)の感染拡大の影響です。朴大統領は、どこの病院が感染源なのかをずっと発表しませんでした。なぜかと言えば、そこがサムスングループが経営する病院だったから。結局、抑えきれずに発表しましたが、しばらく発表を渋ったせいで被害を拡大させた、と不満が渦巻いている」
とは、先の室谷氏である。
「また、当初、保健福祉大臣は”MERSは大した病気ではない。マスクを着用する必要もない”と言っていた。しかし、自らが視察に赴く先ではしっかりとマスクを着用していた。そのことでも大きな批判を浴びていますし、隔離対象人物が勝手に香港に行ったり、1500人が集まる集会に顔を出す、ということもあった。政府の対応は明らかにマズく、大統領の支持率が下がるのは当然です」
■「売国奴と言われても…」
また、昨年4月に起こった「セウォル号沈没事故」の余波もまだ続いており、
「朴大統領にとって頭が痛いのは、『セウォル号惨事国民対策会議』などの、遺族の一部も属する団体がしょっちゅうデモや政府批判の抗議活動をしていること。要は“真相究明”という大義名分を振りかざしつつ、警察車両を焼くなどの行為を繰り返し、反政府活動をしているのです。補償をしようが何をしようが、この問題はいつまでたっても解決しない」
と、室谷氏が続けて語る。
「沈没事故発生当時の首相は、昨年4月の段階で辞任を表明していたのですが、後任の首相候補に次々と問題が噴出し、結局、辞めたのは今年1月だった。さらに、後を受けて首相になった人物は汚職が明るみに出て、就任からわずか2カ月で辞任。朴政権は完全にガタがきている」
外交、内政の両面で追い詰められた結果、頑なだった態度を改め、日本のほうへそろりと手を伸ばす。都合のいい話には違いないが、果たして今後、安倍総理と朴大統領の初の首脳会談は実現するのか否か。
「慰安婦問題の解決なくして首脳会談なし、というのが朴大統領の考え方。しかも、慰安婦問題は、自らも女性であることから“引くに引けない”テーマです」(先の辺氏)
ベテランの韓国特派員は、
「慰安婦問題についての日本の判断は“解決済み”というもの。一方の韓国は、国家的責任を認めて謝罪せよ、と訴えている。確かにお互いの主張は相容れないものなのですが……」
として、こう語る。
「日韓外務省の局長級協議では、お互いがハードルを下げる形に持っていこうとして双方、探り合っているところです。いまさら歴史認識問題で朴大統領が“軟化”するのが困難なのは間違いありません。しかし、低迷する支持率を上げるためには、日韓首脳会談を実現するしか道がないのもまた事実なのです」
朴正煕大統領は日韓国交正常化の際、こう言った。
「売国奴と言われても、後の歴史が私を判断する」
ソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去し、慰安婦問題の収束を声高らかに宣言する――朴槿恵大統領が父と同じセリフを吐くタイミングは、その時以外にはあり得ない。無論、彼女に「売国奴」と非難される勇気があれば、の話だが。