刈谷集団暴行 濁った水底に沈んだ愛知県「15歳高校生」リンチの現場
血なまぐさいことは河原でと、日本人のDNAには染みついているという。またしても、川沿いで少年が命を落とした。今月6日、名古屋市内で開催された「熱田まつり」でのナンパに端を発したリンチ事件。濁った川に消えた15歳の高校生を追い詰めたものとは。
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〈幾人にも愛を分つと言ひきりし彼(か)の時の君を憎み得ざりき〉
歌人の三国玲子は歌集『空を指す枝』で、男女の心模様をこんな風に描いている。男は移り気で、愛の対象を拡げることを特段憚ることなく、女はそれを憎み切れない。
しかしながら、もとより「女の一念岩をも通す」と言うし、評論家の唐沢俊一氏もこう指摘するのだ。
「女の嫉妬というものは、執念深いものになりがち。これに加えて、復讐を自身で完遂するのではなく、男の手を借りることも特徴の1つです」
もっとも、冒頭の歌のように、男のずるさにいくらかでも寛容な女であれば、避けられたはずの事件が起こった――。
それは、去る6日のことである。三種の神器の1つ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を祀(まつ)る名古屋市内の熱田神宮では、毎年恒例の「熱田まつり」が開かれていた。天皇陛下の勅使参向のもと、祭典が執り行われ、境内では終日に亘って武道や芸能が奉納される。そして、夕刻からの目玉は、午後7時半過ぎから打ち上げられる花火約1000発。
後述する通り、リンチを受けた結果、川で遺体となって発見されたのが、愛知県刈谷市内の公立高校1年・吉田達哉君(享年15)である。彼もその夜、遊び仲間らと連れ立って、この初夏の風物詩を楽しんでいたのだった。
「吉田君はそこで、面識のない少女に誘いの声を掛けた。彼にはガールフレンドがいるのですが、“なんでナンパなんかするんだ”と、仲間の1人が咎めたのです。それで、吉田君の彼女を含め、同じ遊び仲間のメンバーに、“招集”がかけられました」
と言うのは、愛知県警のさる捜査関係者である。吉田君は先月にもナンパを巡ってトラブルになっており、いわば虎の尾を1度ならず2度も踏んでしまった恰好なのだ。そして、グループの“掟”を破った末に待ち構えているのが、“査問”の儀式である。
舞台は、彼らの地元である刈谷市に移った。熱田神宮から私鉄で30分ほどのこの地域には、トヨタ自動車の関連会社の本社や工場が集積している。
午後10時半ごろから、事件現場の逢妻(あいづま)川沿いの堤防上で始まった儀式には、10人ほどが集まっていた。
周辺に外灯はない。近くの鉄橋を時折通過する東海道線の電車と鉄塔にしつらえられた電球とが、控えめに現場を照らし出すのみである。そして、吉田君に対する糾弾が暴力へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
「3人の少年が、無抵抗の吉田君を相手にリンチを始めた。入れ替わり立ち替わり、彼の顔面を素手で殴ったり、腹を蹴ったり。どうにもナンパのことが、腹に据えかねたというわけです」
と、先の関係者が次のように打ち明ける。
「もちろんそこには吉田君の彼女もいて、暴行する彼らの言動に同調していた。挙句にこの3人は、“目の前の川に入れ。向こう岸まで泳いで戻ってきたら許してやる”と次々に言い始めたのです。メンバー内に目立った隷属関係はありませんが、吉田君はこれに従った。ベルトを外し靴を脱いではいたけれど、白っぽい長袖シャツに赤いパンツ、豹柄のボクサーブリーフは身に着けたままでね」
普段から濁っているこの二級河川は、幅33メートルで最深部は3メートルに達し、潮の満ち引きの影響を大きく受ける。この時期だから水温もそう高くはない。なにしろ暴行を受けた後である。事実、レスキュー隊員が、
「着衣のまま水に入った場合、服がどんどん水を吸って腕が上がらなくなる。人間の身体は浮くようにできていますが、逆にみるみるうちに沈んでいくのです」
と解説するように、服を着たままで川へ入るなど、正気の沙汰ではないのだ。
「半分ほど川を泳いだところで、“もう無理だ”と吉田君が叫び、姿が消えたということです。それで仲間の一人から、“友人が溺れてしまった”という110番通報がありましてね。その後、暴行を認めた私立高校生(16)、土木作業員(15)、公立中学生(14)の3人を『暴力行為法違反容疑』で逮捕したのです」(別の関係者)
■積極的に告白するタイプ
この関係者が続ける。
「彼らは揃って、“吉田君は自分から川に入った。僕らは彼を助けようとした”旨の供述をしていますが、真偽のほどは定かではありません。その一方で確かなのは、110番をしたのが吉田君の彼女本人ということ。当初は“ナンパ許すまじ”という思いが強かったものの、にっちもさっちも行かぬ方へ事態が急展開するなかで、慌てていたようです」
リンチを受けた当の吉田君は、今春、地元の公立高校へ入学した。
「本校は1年生の段階では、普通科と商業情報科に分かれており、各4クラスあります。彼は後者の生徒でした。担任にも聞いてみましたが、過去に指導を受けたことは1度もない。だから、決して不良生徒というわけではありません。無断欠席もなく、遅刻も1度だけ。事件前日の5日に開かれた球技大会では、彼の希望する卓球の試合に出場していました」(教頭)
吉田君の小学校時代からの知人が後を受ける。
「タツヤは明るくて、ムードメーカー的な存在でした。小学校のときはサッカー部で中学校からは卓球部に所属。スポーツも、それと勉強もデキるってわけじゃないですけれど。で、思い出してみると、中学に入ってからは、女子と話している場面をよく見かけるようになりました。それが何というか、男子と話しているときよりも楽しそうでイキイキしている。“モテたい”って感じがわかるんです」
知人によれば、彼は「好きになったら積極的に告白するタイプ」で、中2の頃、初めて彼女ができた。
「その子とはすぐ別れましたが、続いて、水泳部に所属する女子と付き合い始めました。タツヤに似て明るくて活発な子です」
それが他ならぬ、今回のガールフレンドである。
そんなタツヤに変化が現れたのは、1年ほど前のこと。近隣に住む不良グループと仲良くしているという噂が立つようになったのだ。
「実際、遅刻してきたり、欠席が多くなったり、先生からの呼び出しが目立つようになっていました」
と、この知人は先の教頭とは異なった印象を口にし、さらに、「そう言えば……」と言葉を継ぐのだ。
「先週、たまたまタツヤとすれ違った時には驚きましたよ。オーバーサイズの黒いパーカを着ていたのですが、それに威圧感のある金の模様が入っていたんです。とにかく、どこから見ても“ヤンキー”。それに最近、タツヤのLINEで見かける“友達”は、柄の悪いタイプばかりだったし、“春休みにタツヤが金髪にしていた”と話題になってもいました」
朱に交わった15歳は、みなが知るタツヤではなくなっていたのである。
■観衆と傍観者
「今回のケースはどう見てもいじめです。いじめ研究で明らかになっているのは、被害者と加害者のみならず、囃し立てる“観衆”とただ見ているだけの“傍観者”が必ずいるということ。この事件でも、直接殴ったりしなかった少年少女らが、図らずも観衆や傍観者を“演じる”ことで、事態はエスカレートしていったと言えるのです」
と分析するのは、精神科医の片田珠美氏である。これに加えて片田氏は、事件の背景にある暴行犯の羨望という感情に着目する。
「17世紀のフランス名門貴族にして文筆家のラ・ロシュフコーは、“羨望というのは他人の幸福が我慢できない怒り”と言っています。逮捕された3人は、吉田君の“幸せ”が我慢ならなかった。自分がやりたくてもできないことを、他の人が易々とやってのけると腹が立つもの。また、その気持ちが強いと、非常に攻撃的になってしまうのです」
女の嫉妬にいじめの構造、そのうえ男の羨望が輪をかける。吉田君が濁流に沈まねばならなかった理由は、絡んだ藤の蔓のように複雑である。
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