一滴の尿の匂いで発見率96%は体長1ミリの線虫「C・エレガンス」
実験用のペレットにがん患者の尿を一滴垂らす。すると、体長1ミリ、無色透明の彼らは大挙して滴(しずく)の部分を目指し、移動し始めるのだった。この生物の正体は、地中に大量に生息する線虫。名を「C・エレガンス」という。線虫は犬同様、人間の1億倍以上の嗅覚を持つ。一方、がん患者には特有の匂いがあり、彼らはこれがお好きなようで、みるみる吸い寄せられるのだという。
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今年3月、九州大学が発表した、がんの線虫検査法「n-nose」は驚嘆に値するものだった。
「早期発見の世界を一変させる大革命になるかもしれない」(ある総合内科医)
と期待が高まっている。
一体どういう検査法か。がん患者には、呼気や血液、尿などに独特の匂いが溶け込んでおり、これが線虫のエサの匂いと似ているらしい。彼らがこの匂いに誘引される習性を利用し、人のがん罹患を見極めようというのがこの研究の試みだ。
そもそもこうした探知法では犬を使った研究が先行していたが、ネックは、犬の集中力が人間の3歳児レベルだということ。気まぐれで扱いが難しい。
「そこで、犬と同様の嗅覚受容体を持ちながら、より下等で扱いやすい動物を探そうと考えた。究極まで突き詰めたら、線虫に行き着いたのです」
と語るのは、九大大学院の園田英人助教だ。そこで彼は、同じく九大大学院助教で、線虫の嗅覚を専門に研究している広津崇亮(たかあき)氏に相談。彼らは2年前から線虫を使ったがん検査の実験を開始した。広津助教の話。
「がん患者24人、健常者218人の尿で、線虫の嗅覚によるがん診断テストの精度を調べました。その結果、がん患者のうち、23人分の尿に『C・エレガンス』は反応し、がん患者を正しく見分ける感度(発見率)は約96%という高い数字を示した。健常者をがんではないと判断する特異度も95%でした。しかもステージ1~4までどのレベルのがんも見分け、またすい臓がんのように通常の検査では発見しづらいものにまで反応したのです」
さらに驚愕すべきは、尿採取時の2011年にはがん罹患が判明していなかったが、実験開始までの2年間にがんが見つかった被験者の尿にも反応した点だ。
「つまり内視鏡検査をしなければ見つからないようなステージ0期の早期がんまで判別したのです」(園田氏)
■わずか500円ほど!
「C・エレガンス」の弱点を強いて挙げれば、患者がどのがんに侵されているのか、判別できないことだが、
「これも現在、遺伝子操作で特定のがんだけに反応する線虫や、逆に反応しない線虫を試作中。将来、がんを特定して見分ける線虫を作れると思う」(広津助教)
この線虫検査が革命的なのは、「PET-MRI」など最先端の医療機器が数億円単位もするのに比べ、検査コストが極めて安価な点だ。1回500円程度で受けられるようになるという。貧しくて、がん検診の概念すらない発展途上国でも普及させられるのである。
ちなみに匂いの成分が何なのかは未だ特定されていない。将来、これが解明できれば、人工のセンサー機器が作成でき、検査がより簡便になると目されている。
さて、線虫検査の実用化のメドについて広津助教は、
「健診に加えるようにするためには厚労省の認可が必要なので、あと10年くらいかかる。でも、自由診療なら、少し高くなりますが、2020年くらいには実用化できると思います」
がんの最先端治療は日進月歩で進化しているが、発見のスキルも然り。むしろ超早期発見こそががん撲滅の近道なのかもしれない。