アメリカ×キリスト教×自己啓発/『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体―』

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 日本で反知性主義といえば字義どおり「知性に反する」の意で、否定的なニュアンスが強い。まるで勉強しない大学生、パワハラまがいの会社の上司、大衆に迎合するだけの政治家……。当否は別に、そうしたものを不健全な病理と見て退ける態度ははっきりしている。あからさまにいうなら、無教養への蔑みだ。

 ところが本書によると、反知性主義とはもともとがピューリタン到着以降の、アメリカの宗教史を特色づけるかなり特別な言葉であって、単純な「反・知性」を意味しない。教科書が教えるように、アメリカがほかならぬ信仰の自由を求めて建国された宗教国家であるなら、反知性主義の中にこそアメリカの根本精神、アメリカの数々の矛盾を読み解くカギがひそんでいるのかもしれない。

 早い話、アメリカは科学先進国として最多のノーベル賞受賞者数を誇るとともに、いまだ多くの人が進化論を否定し神の創造説を信ずる国柄でもある。あるいは信仰の純粋を求めたピューリタンたちは厳しい自己省察を怠らず、自らの罪を重く受け止めたのに、いつの間にかアメリカは明るい楽天主義が大手を振るう、健康とポジティブ思考の国になってしまっている。こうした秘密を解くカギが反知性主義の中にあるというのだ。

 反知性主義というからには、まずは知性主義が先行する。実際、初期のピューリタンたちの知性主義は大変なものだったらしい。なにしろ彼らは祖国イギリスで教会の聖職者たちの権威を一切認めないとプロテストした人たちだ。聖書だけを頼りに、自分たちで直接神と向き合うのが彼らの流儀である。しかし聖書を読むにはヘブライ語やギリシャ語などの習得つまり知性が不可欠。ハーバード、イェール、プリンストンなど東部の諸大学は、入植者たちが祖国をあてにせず自前で牧師を育成するため早々と創立したもので、彼らの知性主義がしのばれる。

 問題はそのあと。聖職者の権威を否定した彼らである。知性の重要性は認めつつも、それが新たな権威となって君臨することには断固「ノー」をいう。神の前では信仰のみが問われて、知識人も平信徒も差別がない。アメリカの反知性主義とは、知性が再び権威化することへの拒否にほかならない。進化論教育の否定も、内容ではなく、政府が強制的に指示することへの嫌悪だともいわれる。

 大覚醒、信仰復興、リバイバルなどと呼ばれて、アメリカ史の中に間歇的に現れる特異な大衆熱狂現象――それは現在のテレビ伝道者や大統領選の熱狂にも引き継がれている――を、本書は反知性主義の立場から詳細に読み解いてゆく。その上で、コンマン(強者の鼻をあかす詐欺師)に喝采する心理や、独特な自然愛好の分析に至るまで、ユニークで深いアメリカ精神史になっている。

[評者]稲垣真澄(評論家)

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