徴兵制から最も遠い「自衛隊」の真実【後編】 世界トップレベル「P-3C」の対潜能力を支えるもの――杉山隆男(作家)

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■裏方も一流の職人

 任務にかかわることは「秘」という中で、こと潜水艦にまつわることは、聞くのが野暮なくらい、隊員たちの口は決定的に堅くなる。

 それでも私はベテランのひとりにぶつけてみた。

「日本に近づく潜水艦は一〇〇パーセント、キャッチできているわけですか」

 もとより答えなど返ってこない。ただ、ニヤッと笑ってみせた。曖昧な笑いではなく、私には、不敵な、というか、自信がつい笑みとなって顔にあらわれたように感じられた。

 どこからともなく、いつのまにか上空にあらわれる日本のP-3C。相手からすれば、どんなに手で振りはらおうとしても、どこまでもつきまとう頭上の蠅さながら、うっとうしい存在に違いない。

 テレビのニュースキャスターなどは、「中国をあまり刺激しないといいのですが……」と、いつものもったいつけた調子で眼鏡のフレームに隠れた眉をひそめそうである。

 だが、家の前をうろついている不審者のあとに、影となってぴったりついて回る限り、不審者もへたな行動はとれないはずだ。刺激どころか、それこそが最大で最強の防御となる。

 あまり知られていないことだが、海上自衛隊の哨戒機部隊にはひとつの輝かしい記録がある。P-3Cの一世代前の哨戒機P-2Jが初飛行した一九六六年から数えてもう半世紀、ただ一度の墜落事故も起こさず、死亡者も出していないということだ。SHINKANSEN並みのこの記録は、飛行機やクルーの優秀さとともに、何より日々のメンテナンスで安全なフライトを支えている、裏方たちのレベルの高さを示している。彼らもまた一流の職人たちなのだ。

 そんな職人たちに支えられて飛びつづけている岩政飛行隊長だが、結婚するとき、妻を前に最初に言った言葉は、P-3C機長の妻として生きる心得というか、覚悟のようなものだった。

 それを、結婚して十五年たった最近、「あのとき、言ったこと、覚えているか?」と妻に聞いている。

 もちろん、というように妻はうなずいて、十五年前の夫の言葉を繰り返した。

「もし自分たちが乗った飛行機に何かあったら、十人の部下のご家族を一軒一軒たずねて、機長の妻として頭を下げてくれ」

 夫からの最初の頼みは、最後をめぐる、妻への頼みだった。

杉山隆男(作家)

週刊新潮 2015年5月21日菖蒲月増大号掲載

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