徴兵制から最も遠い「自衛隊」の真実【後編】 世界トップレベル「P-3C」の対潜能力を支えるもの――杉山隆男(作家)
■経験に培われた「腕」
問題は、自衛隊のP-3Cが離隔距離をきちんと守り、国際法に則って行動していても、相手が同じように「紳士」でいるとは限らないことだ。
「たしかに相手が予想がつかないようなことをやってきたりというのは当然考えられます。だからと言って、われわれもそれに乗じて一緒にやっていいかと言うとそこは違います。われわれがやれること、その範囲は決められている。ですから、相手がそういう行動をするんであれば、その事実を淡々と報告しなさいと、しかしわれわれは法を順守しながら決められた範疇の中でやれることをしっかりやる。隊員には厳しくそう指導しています」(同)
近づき過ぎず、かと言って離れ過ぎてもなく、一定の間合いをとりながら、相手について離れない。まさしくP-3Cは、影となって飛んでいる。
もう二十年以上も昔になるが、北海道千歳基地のF15パイロットが語ってくれたスクランブルにまつわるエピソードにこんな話があった。上空に上がって、旧ソ連軍とおぼしき赤い星のついた国籍不明機を捕捉したはいいが、プロペラの偵察機である。速さなら、スホーイ27など当時の旧ソ連の最新鋭戦闘機と遜色のない勝負ができるF15も、相手がプロペラ機となると勝手が違う。それを見越してか、相手はF15が追尾しようとすると、嫌がらせのように速度を落として、のろのろ飛行をはじめた。ぴったり横についていたくても、あっさり追い越してしまう。「やりにくかったです」とパイロットは苦笑まじりで語っていた。
その点、P-3Cは相手の艦艇がP-3Cをやり過ごそうと停船しても、上空で旋回をつづければいい。強力なターボプロップエンジンが四発のプロペラを回転させるP-3Cは、出自が旅客機ということもあり、長く飛びつづけていられる滞空性能でも指折りだ。
尾畑司令も、P-3Cの「特徴」として、「広いところを見られる機動性」とともに、「飛行機の中ではある程度長く現場にとどまれる」点をあげている。外国の艦艇が周辺海域からなかなか立ち去ろうとしなくても、それこそP-3Cが代わるがわる監視に当たれば、何日にわたっても追尾が可能となる。
そして何よりP-3Cの監視の眼は、オキナワの海に近づいてくる外国艦艇のほとんどすべてに及んでいるようなのだ。
「外国の艦艇があらわれたら、その上空にはいつも日の丸をつけたP-3Cがいる。そう考えてもいいわけですか」
私がたしかめると、岩政飛行隊長は黙っている。ただ、否定はしなかった。
もちろん潜水艦も例外ではないのだろう。イラク戦争がはじまった二〇〇三年に私は鹿児島県鹿屋と八戸のP-3C部隊を取材したが、その半年あまりのち、海上自衛隊の潜水艦にじっさい乗りこんで、太平洋の海の中を潜航しながら、上空を飛ぶ海自厚木基地所属のP-3Cとの間で行なわれた訓練を体験している。
潜水艦とP-3Cとの訓練はどこか「かくれんぼ」を思い起こさせる。海中に潜んでいる潜水艦をP-3Cがさまざまな手を使って探り当てるのだが、私が体験したときは、機長になりたてのP-3Cパイロットのために、潜水艦側がターゲット役を買って出て、わざと見つかりやすい行動をとるというものだった。
しかし本格的な訓練では、P-3Cと潜水艦は、空の上と海の中、追う者と追われる者に分かれて、同じ海上自衛隊ながら相手をだましたりあざむいたり、互いの知力と胆力を賭けた真剣勝負を繰り広げる。私が乗りこんだ潜水艦は、米海軍などとの演習に参加するたびに抜群の成績をおさめている「優秀艦」だったが、その幹部は、
「海自の潜水艦にとっていちばんの『脅威』は、われわれ海自のP-3Cです。決して身贔屓で言うのではなく、彼らはサブマリンハンターとして間違いなく世界トップレベルの能力を持っている」
と語っていた。
P-3Cがどんなにハイテク機器を装備していても、潜水艦を探知する最後の場面でものを言うのは、ハイテク機器が捉えた音響や画像のわずかな変化を聞き洩らさず見逃さないセンサーマンたちの、経験に培われた「腕」であり、それを成果につなげる、搭乗員十一人の、チーム・イレブンとしての連係プレイだろう。
緻密に、忍耐強く、一丸となって目標を絞りこむ。そこには、技を芸にまで高める、日本の職人の世界にやはり通じるものがある。「徴兵制」でかき集められた兵隊に、専門職の「職場」であるP-3Cのクルーはつとまらない。
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