徴兵制から最も遠い「自衛隊」の真実【前編】 オキナワの海を守る「P-3C」搭乗記――杉山隆男(作家)
■「ここはやっぱり前線」
やがて岩政隊長が指し示す先にぽつんとちいさな塊りが見えたと思ったら、はっきり船とわかる大きさにどんどんふくらみ、海面から約一五〇メートルの高さを保ったまま低空飛行をつづけるP-3Cに向かってきた。
貨物船のようだ。千トンはないのだろうが、こちらが低空で、しかもかなり間合いを詰めて飛んでいるからか、思いのほか大きく迫ってくる。
P-3Cは船の左舷をかすめるように横に見ながら貨物船とすれ違う。甲板にも船尾のブリッジにも人影はない。もちろんP-3Cは規則で定められた相手との離隔距離を保ちつつ飛んでいるのだが、もし船員の姿があったら、表情まで読みとれそうなくらい近く感じられる。
「外国船籍ですね」と東南アジアの国名を口にして、愛瀬一曹は盛んにシャッターを切っている。デッキの固く閉ざされた扉に浮かぶ赤錆や、船尾にしるされた船名のアルファベットまで肉眼でわかる。
貨物船に間違いないと思っていても、どこか不気味だ。まして相手が軍艦だったら、なおさらだろう。
「写真で見たことのある外国の艦艇を、はじめて監視フライトでじっさいに見たときは、あ、すごいな、強そうだな、と思って、すごく緊張しました」
そう語るのは、東シナ海を監視エリアに持つ那覇の飛行隊に約一年前配属され、パイロットとしての修業を積んでいる速水候補生だ。候補生とは言え、飛行服には、パイロットである証の、翼をかたどったウイングマークがついている。十八での海上自衛隊入隊から四年あまりをかけ、P-3Cパイロットになるための数々の難関をすべてクリアして操縦士の国家資格を取得した彼は、これから江田島の幹部候補生学校での教育をへて幹部に昇任したのち、一年足らずで、パイロットの補佐役をつとめるいまのコーパイ席ではなく、正操縦士席で自ら操縦桿を握って、P-3Cを飛ばしているはずだ。
「その外国艦艇をはじめて見たときは心臓がバクバク鳴る感じでしたか」
「バクバクというより、あ、すごい、というんですか、ここはやっぱり前線なんだなと感じました」
「身が引き締まるみたいな」
「引き締まりました」
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