徴兵制から最も遠い「自衛隊」の真実【前編】 オキナワの海を守る「P-3C」搭乗記――杉山隆男(作家)
集団的自衛権を認めたら、徴兵制が復活するとの議論が巻き起こった。だが、『兵士に聞け』の著者・杉山隆男氏は、徴兵制から最も遠い存在が自衛隊だと喝破する。外国の艦艇が行き交い、緊迫するオキナワの海で、杉山氏は最前線を守る「P-3C」に搭乗した。
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「ギア、ダウン! オールクルー、降下するッ」
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コックピット右側の副操縦士席から、二十三歳になったばかりの速水貴幸飛行幹部候補生が鋭く告げる。
次の瞬間、高層ビルのエレベーターで降りるときの、あのふわっ、と宙に浮くような感覚とともに、東シナ海上の訓練空域を飛ぶ海上自衛隊の哨戒機P-3Cは、五十トンを超す、重量感あふれる機体を下方にかしげながら一気に降下をはじめた。高度計の蛍光色のついた針が、すさまじい勢いで時計の針とは反対方向に回りつづける。
電子の「眼」と「耳」を駆使して監視をつづけるP-3Cのセンサーマンが、波間に潜水艦のペリスコープ、潜望鏡を発見したという想定の下、高度一三〇〇〇フィート、富士山よりさらに高い約四千メートルの上空から、高層ビル並みの約一五〇メートルの高さまでの「緊急降下」である。見る間にコックピット前方に、オキナワの海らしい、青というより深い緑の海面が迫ってくる。
P-3Cはもともとアメリカのロッキード社が半世紀以上前に開発した旅客機「エレクトラ」を、翼を数メートル短くしたりエンジンの構造を変えるなどの改良によって、プロペラ機とは思えないくらいパワフルで運動性能に優れた飛行機に生まれ変わらせた。そのずんぐりとした見た目で侮ってはいけないのだ。
「ほら、十一時の方向に船舶が見えてきました」
那覇基地に展開するP-3C部隊、第五二飛行隊の岩政秀委隊長が真正面からやや左にそれた方角を指さす。訓練は次のステージ、「監視飛行」に移っている。
コックピット左側、正操縦士席の後ろには武器員の愛瀬寿幸一曹が陣どって、早くも双眼鏡から持ち替えたデジタルカメラの望遠レンズを窓の外に向けている。
P-3Cに乗り組んでいるクルーはサッカーと同じイレブン、そのうち武器員は潜水艦を探索するソノブイの装てんなどが主な仕事だが、日本を取り囲む海域をパトロールする警戒監視飛行のさいは、外国海軍の艦艇や海洋調査船から民間の商船、漁船に至るまで、エリア内を航行している船を細大漏らさず識別し、必要があれば撮影する。日本の安全を脅かすような怪しい船かどうか、言わば身元特定のための写真収集である。
日本の周辺をうかがっている艦艇だったり、一見すると漁船なのに甲板上に漁具が見当たらないといった不審な船については、撮影したデータはただちに中央に送られ、より詳細な分析が行なわれる。
ただ、艦艇の場合、相手が「新顔」かどうか、どこの国の、どういった種類の船なのか、愛瀬一曹のような武器員としてのキャリア十数年のベテランになると、双眼鏡をのぞいただけで、はるか遠くの船でもたいていわかるという。頭の中にファイルがあるのだ。
「一万とは言いませんが、うろ覚えも含めて千くらいなら……」
雲の切れ間からは時折、鋭い日差しがさしこみ、海面はガラスの破片でもちりばめたようにあちこちきらめいている。その光にまぎれて、私は肝腎の「目標」を依然として見つけられずにいた。
だが、カメラを構えた愛瀬一曹はすでに、不審船に見立てた「目標」の船について大方の見当をつけているのだろう。少なくとも、怪しいかどうかの判定はついている。
怪しいときは、
「ひらめきますね」
と愛瀬一曹は言う。
他の船と、どこがどう違うのかと聞かれても、うまく言葉にはできない。ただ、「何か違うな」というのはあるのだ。
いったん空に上がったら、八時間は上空から百隻前後の船をチェックする監視飛行。それをもう十年以上重ね、「怪しい」船を見分けてきたその経験が、曰く言いがたい独特の勘をはぐくみ、しかも経験を重ねれば重ねるほど、勘は鋭く研ぎ澄まされていく。
「でも、見つけようとすると、逆に見つけられないんです。怪しいかなって、見つけようとするから、全部が同じに怪しく感じてしまう」
「じゃ、どうするんですか、見つけようとしなくても、見えてくる、向こうから……」
そうですね、と愛瀬一曹はうなずいた。
「ふつうに見ていて、やっぱり、『ん?』ってなるんです」
海中にひそむ潜水艦を探り当てるソナーから、夜間でも熱源をキャッチする赤外線探知装置、データ処理のコンピュータなどさまざまな最新鋭の機器を装備したP-3Cだが、そうしたハイテクの力と相まって、ある種、人ごみの中からスリを見つけ出す刑事にも通じるような、第六感に支えられた職人技が、国境の海を守るのに威力を発揮していると言える。
P-3C部隊に限らず、陸海空の現場を丹念に歩けばわかることだが、自衛隊は、寄せ集めの「徴兵制」軍隊からはもっとも遠い、それぞれ専門のスキルに誇りを持った職人集団なのだ。
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