幻想・怪奇文学クロニクル/『幻島はるかなり 推理・幻想文学の七十年』

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「時代精神というものは、案外埋もれやすい雑著の中からも見出すことができるのではなかろうか」

 そう書く著者は、出版文化史の第一人者でありながら、厳しい父親の目を逃れて蔵にこもり、カビのにおいにとりまかれて古い雑誌に読みふけった子どものころのわくわくする気持ちをいつまでも忘れない人だ。ここで紹介される本の多くも「雑著」に分類されるようなもので、真ん中よりは周辺に近い場所から、その時代の息づかいを照らし出す。

 一九三五年、横浜に生まれた著者は、幼時から本に親しんできた。会社員生活をへて文筆家として独立、出版文化やメディア史、書誌学の専門家となった人だ。『世界幻想文学大系』や『少年小説大系』など、大部の全集や大系が編まれると思われていなかったジャンルでそれらの編集を手がけたパイオニアであり、ミステリの実作者でもある。

 全貌がつかみづらいほどの幅広さがどこからきたものなのか、本と人をめぐるこの自伝で明らかになる。著者にとっての本は外へ開かれた窓であり、いつしかそれは乗り物に姿を変えて、次から次へと新しい場所に著者を運んでいく。

 怪奇小説や幻想小説を愛する内向的な少年を、本や雑誌がさまざまな人と出会わせる。そうして出会った、慶應大学推理小説同好会の部長だった作家の木々高太郎、永井荷風に師事したのちうとまれて筆誅を加えられる翻訳家の平井呈一らの肖像は、どれも印象深い。

 なかでも興味をひかれるのは、のちに「怪獣博士」と呼ばれる大伴昌司で、「少年マガジン」グラビアの企画構成者としての大伴の仕事は、近年、再評価が進んでいるが、本名を明かさず、自分を天涯孤独と偽るなど謎も多いこの人物と、著者は高校からの友人だった。

 慶應の推理小説同好会やミステリ同人「SRの会」などを通してつきあい、独創的な仕事のスタイルなど多くの影響を受けた。極度の秘密主義だった大伴が、音楽を媒介としてただ一度だけ、心を許して自分のことを語った場面は忘れがたいが、皮肉にもそのあと、あっけなく友情は壊れてしまう。

 大伴と立ち上げた同人誌「THE HORROR」の購読募集に応じた人は数少なかったが、その会員の一人に、のちに『世界幻想文学大系』の編集をともに手がけることになる荒俣宏がいた。

 愛書家・蔵書家と自分の間に著者が一線を引いているのは、少し意外でもあり、なるほどとも思わされる。稀代の本好き古書好きであっても、著者は自分が築いた山の上にただ立っている人ではない。後から来た人の手を引き、さらに高い別の山へと送り出す、そういうタイプの本好きであることもこの本からわかる。

[評者]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

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