日本の貧困と格差(後篇) 「風俗でも抜け出せない『独身女性』の貧困地獄」――亀山早苗(ノンフィクション作家)

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モチベーションがない

 関東某県で生まれた彼女は、10代後半で家出を繰り返し、19歳でできちゃった結婚。遠方へ移り住み、両親とは縁が切れた。

「子どもが生まれて親とも少し距離が近くなったけど、夫は仕事を転々として生活は苦しく、5年ともたずに離婚。ふたりの子は夫が手放さなくて、私は単身で関東に戻ってきました」

 26歳で再婚し、それを両親に知らせると、「親でも子でもない」と電話を切られた。再婚相手は暴力がひどく、数年で別れた。30代前半で再々婚をするが、またもDVに苦しめられ、36歳で独身に戻る。

 かつて女性にとって、結婚は生活するための術でもあった。「結婚が就職」と言われたゆえんだ。が、就職が終身雇用につながらなくなったのと同じように、結婚もまた終身続くとは限らない時代になっている。

 彼女はそれ以来、昼は近所の工場で梱包作業、夜はお好み焼き屋で働いてきた。それでも、手取りはせいぜい16万円程度。家賃5万円を払ってつましい生活を送っていたが、1年半ほど前、膝を悪くして働けなくなった。貯金も数カ月で底をついた。

「仕事を探したけど見つからない。そんなとき、友だちがここを教えてくれたんです。誰でも雇ってくれるならと面接を受けたら、雇ってもらえて」

 周りの女性たちに教わったり、客に教えてもらったりして技術を覚えた。お金がなかったから、仕事の内容に抵抗を覚える余裕すらなかったと言う。2時間かけて店へ通ったが、交通費はかかるし、夜遅くまで仕事もできない。そこで店に住み込むことにした。

「最初は月13万円くらい稼げていたけど、最近は6万円程度。ここにいると家賃も光熱費もかからないし、誰かしら食べ物を持って来てくれたりするので、がんばらなくても生きていけちゃうんですよね。総監督には先週も、思い切り説教されました。そんなに自分に甘いといつまでたっても自立できない、と。わかっているんです。貯金もないし、将来を考えると不安だらけ。だから、がんばらないといけないんだけど」

 ぽつぽつと語り、ときに目を赤く潤ませる彼女の気持ちが、不安定な収入でなんとか暮らしているバツイチ独身の私には、手に取るようにわかった。彼女は親とは縁が切れたまま。最初の夫のもとに残してきた子どもたちも、行方がわからない。「がんばるモチベーション」がないのだ。

 それでも彼女は、

「生活保護だけは受けたくなかった」

 と言う。だからこそ、この風俗に流れ着き、自立を目指したはずだ。生きる気力を奮い立たせるためにも、小さくてもいいから目標設定をしてみようよと、私は彼女に、祈るような気持ちで話しかけた。

「今日で5日、お客さんがついてない」

 そう言ったAさん、あれから、何か目標は見つかっただろうか。

 同じデリヘルで働くBさん(42)はどうだろう。昼の仕事をしていたが、病気になって透析治療を余儀なくされた父親を送り迎えする必要が生じ、時間の自由が利くこの仕事に移ってきたという。だが、

「がんばって、ひと月に平均30万円近くは稼いでいるけど、家賃を払いながら父と生活していくのはラクではありません。私の体調が悪ければ、とたんに収入は激減するし、何の保証もありませんし」

 客の指名が殺到するごく一部の「売れっ子」を除けば、今や思い切って風俗業界に身を投じても、貧困は解消しない。あるいは、業界に受け入れられたとしても、仕事を続けられないケースが多い。そこには別の問題も絡んでいる。

「貧困に陥っている独身女性の相談は増えていて、子どものころ親に虐待されたり、学校でいじめにあったりと、環境がよくなかった人が多い。全人的に認められた経験がないので、せっかく仕事に就けても、ちょっと優しくしてくれる男性が現れると貢いでしまったり、仕事を辞めてしまったりする。“毒親”という言葉が出てきて顕在化しましたが、親との関係が悪い人も驚くほど多いんです」(前出の藤田さん)

 結局、育った家庭環境の影響から自由になれないのだ。こうして社会が階層化し、男性と出会えたとしても、同じような境遇の人ばかり。いつまでも貧困から抜け出せない。

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