特別対談 浅田次郎vs丹羽宇一郎(元伊藤忠商事会長) 日本人商社マンが輝いていた時代がある

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■先に動いたら負け

丹羽 あと、これは浅田先生の参考になれば嬉しいんですが、私が社長として臨んだ大きな商談があったんですね。厳しい交渉が連日続くなか、たまたま『大相撲ダイジェスト』を観ていた。すると、解説者の親方が「先に動いた方が負けますよ」って言った。そうか、自信のない方が先に動くんだな、と。その言葉を参考にした結果、商談は私の粘り勝ち。こちらの言い値でまとまりました。

浅田 先に動いたら負ける。

丹羽 そう、弱い者が先に動く。

浅田 これは素晴らしい言葉を聞きましたね。秘術ですよ、人生の秘術。新作の初版部数を決める時なんか、僕は腕を組んでじっとしていればいいんだ(笑)。それで編集者が折れたら勝ちでしょう。しかし、これは自分の値打ちが分かりますね。

丹羽 そうそう(笑)。普通の人には耐えられない。

浅田 小説家は交渉事が苦手だからなぁ。物を考えることは得意でも、交渉事になると本当に弱いんだ。だから、いつも僕から先に言っちゃうんですよ。「お願いだからこの部数で頼むよ!」って。

丹羽 まぁ、商社マンにとって交渉事は日常茶飯事なんです。

浅田 編集者との関係で言うと小説家の孤独ってのもありましてね。若い頃は担当編集者が年上なので原稿を読ませたらボロクソに言われる。しかし、作家生活が長くなるにつれ、二回りも年下の編集者がつくようになります。そうなると、「この表現はおかしい」と思っても口にしない(笑)。そんな時は自分でネットを検索して、作品がボロクソに書かれているのを見ると、ちょっとホッとするんです。

丹羽 その意味では社長も孤独ですよ。大きな決断は常に会社を潰すリスクと隣り合わせなので誰にも相談できません。特に、商社の仕事は文字通り「ブラック オア ホワイト」というべき世界で、海外に行けばスパイやハニートラップといった罠が平気で仕掛けられています。

浅田 なるほど、黒と白が混在している。

丹羽 ですから、「ブラック“アンド”ホワイト」かもしれない。続編がそのタイトルなら私が推薦文を書かせて頂きますよ(笑)。

週刊新潮 2015年3月26日花見月増大号掲載

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