【渾身レポート】日本の「技術の現場」は巨大で精密で夢がある!――成毛眞(HONZ代表・元日本マイクロソフト社長)
日本が生き残る唯一の術
翻って昨今の日本のベンチャー経営者は、ほとんどが小さくまとまっている。これはおそらく、子供の頃から、手元で大半のことが済むデジタル化された世界しか見てきていないからではないか。デジタル世代の起業家の多くには、小さな成功への憧れはあっても、壮大なことにチャレンジする発想がないように思えてならない。NASAが有人探査を休止している今こそ、我々は外へ出て、自らスケールの大きなもの、巨大かつ繊細なものに触れる必要があると私は思う。
もちろん、チャレンジ精神という「思い」だけでは、核融合のような、いつ実用化されるかわからないものに取り組み続けることはできない。それを支える環境が整っている必要がある。環境とは、潤沢な研究資金や最新鋭の設備だけではない。研究を続けさせる、つまり、優秀な科学者や技術者を惹きつける経営者の存在もまた、欠かせない。
ところが、現在の日本に跋扈する成果主義は、実用化の目処のたたない研究開発の存続を許さない。明日の株価や四半期後の決算のような目先の数字を重視すればするほど、開発に長い時間が必要で、しかし、実現したときに大きなインパクトをもたらす技術は育てられない。このことは、浜ホトで「うちは完全に年功序列なんです」と聞いたときに確信した。研究者も技術者も人である。自分の雇用が守られていることを実感できなければ、日々、無理難題に取り組めるはずがない。日本企業の宿痾(しゅくあ)と見られがちな年功序列・終身雇用は、科学技術の基礎を養う上で、極めて有効な制度だったといえる。
そして、ユニークな科学技術を育てられる企業には、もうひとつ特徴がある。それは、平均から逸脱していることだ。他社がやらないことをやる、大多数と違うことを選ぶ。昨年のノーベル物理学賞受賞者も異口同音にそう言っていたが、浜ホトの歩んで来た道も独自の道だし、ガラスのオハラも、窓などに大量に使われる板ガラスではなく、特殊ガラスを主戦場としている。首都高速の地下トンネル現場でも、世界初、つまり、これまで世界が避けてきた難しい工法を選んでいる。このニッチを攻める姿勢も、日本を科学技術立国として成長させてきた要因であると私は思う。
最近は、中韓批判と同じくらい、日本の将来を悲観する声が聞こえてくる。少子高齢化や人口減は、確かに起きていることだ。しかし、科学技術には、そういった負の面を乗り越える力がある。若者の数が減っても、それをものともしない発展を国にもたらすことができる。だから、この国の行く先を憂える時間があるのなら、精密土木や精密窯業といった技術そのものや、それを支える企業を応援した方がいいのではないか。
科学技術を伸ばすことが、唯一、日本が世界で生き残る術(すべ)といえるかもしれない。だから私は技術の輝きを見るために、今日も汗を流している現場へと向かうのだ。
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