【渾身レポート】日本の「技術の現場」は巨大で精密で夢がある!――成毛眞(HONZ代表・元日本マイクロソフト社長)

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土木も窯業も精密だった

 そう私に思わせた現場のひとつが、世田谷区との境界に近い東京都目黒区にある。コロッセオのような外観が地上での目印になっている大橋ジャンクションだ。

 地下にあるトンネル内で、首都高速道路3号渋谷線への連結路と中央環状線(品川線)の分合流が行われるのだが、そのトンネルは「非開削切り開き工法」で建設された。これほどの規模の工事でこの工法が採用されたのは、世界初である。

 地上から長い“堀”を作り、屋根をかぶせてトンネルにする「開削」工法に対し、天井部分を開削せずに地下に機材を降ろし、そこからトンネルを掘り進める工法が「非開削」だ。つづく「切り開き」という言葉は、地下に掘ったトンネルの一部分を、魚の腹の如く切り開き、至近距離にあるもう一本のトンネルと腹同士をくっつけて、双頭双尾の魚のようなトンネルをつくることを指す。具体的には、長さ8・4キロのうち、250メートルを切り開いてくっつけている。

 2本のトンネルを切り開き、くっつけた位置の誤差はミリ単位だったという。8キロ以上掘ってわずか数ミリの誤差なのだから、その精密さには驚くしかない。しかし、もっと驚かされたのは、現場で工事をしている人たちがこの誤差を、誇らしく思うどころか、もっと減らすべきものとして捉えているという事実だった。トンネル工事に代表される土木に対しては、巨大というイメージばかり持っていたが、実態は精密なのである。この事実を知って、私は「精密土木」という言葉をつくってみたが、ほどなくして、それは土木だけではないと思い知らされた。

 窯業(ようぎょう)もまた、精密であった。窯業とは、陶磁器やセメント、煉瓦などの製造業の総称で、そこにはガラスづくりも含まれる。窓や瓶などさまざまな用途に使われるガラスのうち、精密窯業と呼べそうなのは、用途が特殊な、その名も特殊ガラスづくりの現場である。

 神奈川県相模原市に、オハラという会社がある。この名前にピンと来た人は、相当なカメラ通ではないか。同社はカメラのレンズに用いるガラスで高いシェアを持っているだけでなく、世界最大級の天体望遠鏡に使われるガラスの製造も手がけているのだ。

 このガラスのどこが特殊かというと、伸縮度だ。ガラスは鉄などの物質と同様、本来伸び縮みする素材であり、温度が上がれば伸び、下がれば縮む。しかしそれでは、屋外で行う天体観測には不都合である。

 そこでオハラは、温度が上がってもほとんど伸びないガラスを開発した。厚さが1万メートルのガラスの場合、窓などに使われる板ガラスは温度が1度上がると90センチ伸びるが、そのガラスは同じ条件下で、たったの0・2ミリ伸びるかどうかという程度なのだ。

 この伸びなすぎるガラスは、現在、ハワイのマウナケア山頂で建設が進んでいる望遠鏡「TMT」の主鏡への採用が決まっている。TMTとはサーティ・メーターテレスコープ、要するに、主鏡の口径が30メートルに達する望遠鏡だ。現在、129億1000万光年という天体観測史上最遠銀河の発見記録を持つすばる望遠鏡の主鏡の口径が8・2メートルだから、直径にして約4倍、面積にすると13倍以上にもなる。

 このTMTはすばる望遠鏡より6億光年先、つまり、135億光年くらい先にある天体までとらえることが期待されている。全人類共通の謎、「宇宙の果てはどうなっているのか」を解き明かす技術の基礎の部分を、日本の、知る人ぞ知る精密窯業企業が担っているのである。なんと夢のある話だろう。

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