専門家138人がBPOに提訴! NHKスペシャル『知られざる大量放出』の捏造箇所

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 昨年末に放送されたNHKスペシャル『知られざる大量放出』。原発事故から4年近く経ってわかった「新たな真実」の数々に、震え上がった視聴者も多かったようだが、138人もの専門家がBPOに提訴したのだ。「ウソ」だと指摘された問題の箇所とは――。

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 あの不幸な事故から4年近くが経過した。福島第一原発から放出された放射能に汚染された地域は、今なお13万人が住み慣れた家に帰れずにいるが、一刻も早く除染が進んで被災地が復興されることを、願わない人はいないだろう。

 そんなときに「実は、今にいたるまで知られていなかった放射能の大量放出があったのだ」と聞かされれば、血の気が引くのではあるまいか。原発の安全性に対し、あらためて不安が生じるし、福島の被災者たちにすれば、思っていた以上に健康への影響があるのではないか、と疑心暗鬼になっても不思議ではない。

 そんな衝撃的な内容を伝えたのはNHKである。昨年12月21日に放映されたNHKスペシャル『メルトダウン File.5 知られざる大量放出』は、こんなナレーションで始まった。

〈2011年3月13日、東北沖に展開していたアメリカの空母が放射線量の上昇を捉えていました。(中略)今回、こうした新たなデータを解析すると、これまで知られることがなかった大量放出の実態が浮かびあがってきました〉

 そして、重たい言葉が積み重ねられていった。

〈これまで放射性物質の大半は、事故発生から最初の4日間で放出されたと考えられてきました〉

〈しかし、その放出は全体の一部にすぎませんでした。今回、新たなデータを解析し、専門家とともに映像化、結果は衝撃的なものでした。最初の4日間で放出された放射性物質は、全体の25%にすぎませんでした。その後の2週間にわたって全体の75%もの放出が起きていたのです。この知られざる大量放出はなぜ起きたのか。その原因として強く疑われたのは、原発にひそむ構造的な弱点でした〉

 言われていた以上の弱点が、原発の構造上にあったということか。そして自信たっぷりに言い切るのだ。

〈人々の帰還を阻む深刻な汚染、その新たな原因が見えてきたのです〉

〈事故から3年9カ月、今浮かび上がる原発事故の新たな真実です〉

 NHKも〈新たな真実〉と断じる以上、よほど自信があるはずだ――。そう思いたくなるところだが、

「私は先入観なしで番組を見始めたのですが、言語道断だという感想を持ちました。番組終了後、数十件のメールが届き、意を同じくする人たちで集まりました。われわれは58分の番組すべてを文字に起こし、映像を精微に分析し、やはりこれはおかしい、という結論に達したのです」

 そう語るのは、日本原子力学会シニアネットワークの小川博巳会長。そして小川氏を連絡係に、2月1日付でNHKの籾井勝人会長宛てに抗議書を送り、同時にBPO(放送倫理・番組向上機構)に提訴したのである。名を連ねた原子力やエネルギーの専門家は、138人におよんでいる。

 それにしても、なにが言語道断なのか。その一部はすでに引用したナレーションの中にあるという。

「NHKは少し調べればわかる間違いを、平気で流したのです。3月15日以降に放射能の大量放出があったことが初めてわかっただなんて、完全にウソ。“知られざる大量放出”って、知らなかったのはNHKだけなのに、厚顔すぎる」

 そう語るのは、北海道大学元教授の石川迪夫氏。東京大学の元特任教授、諸葛宗男氏も言う。

「番組中で橋本奈穂子アナが“この4日の間に起きた爆発によって、ほとんどすべての放射性物質が出たとばかり思っていたのですけれども、違ったわけなんですよね”と語っていましたが、事故が起きて数日後以降のほうが放射性物質の放出量が多かったのは、公知の事実です。『日経サイエンス』11年7月号掲載のグラフなどを見ても一目瞭然で、それを今ごろわかっただなんて、事実を捻じ曲げたとしか言いようがない」

 たしかに当時、3月15日をすぎてから飯舘村方向に風が吹き、放射能を降らせてしまったと、各マスコミも報道していた。

「NHKがそれをまったく忘れたかのごとく、ああ解説するのはおかしい」

 と言うのは、北海道大学大学院の奈良林直教授だが、ともかく番組は、“公知の事実”の原因を、再現ドラマや専門家のコメントを織り込みながら、解き明かしていった……。

■「私の意図に反します」

 津波によって全電源が失われ、次々とメルトダウンした原子炉に向けて、消防車による注水が行われたのは、読者もご記憶のことだろう。この対応について番組は掘り下げていく。

〈原子炉を冷やすために行われていたのが消防車による注水です。本来消火用の設備だった配管を使って原子炉に水を注ぐという、まったく想定していなかった対応でした〉

 というナレーションの後、注水が少ししか届かなかった可能性を指摘。原発事故解析の専門家という、エネルギー総合工学研究所の内藤正則氏の、

〈水を入れたことによって、溶けてなかった燃料の温度がさらに上がる。で、また溶け出す〉

 というコメントを挟み、ナレーションは、

〈皮肉なことに、このわずかな水を注ぎ続ける状態が、かえって事態を悪化させていたのではないか、と専門家は指摘します〉

 続いて、核燃料を覆うジルコニウムという金属を1200度まで加熱し、わずかな水を流し込む実験の場面があり、

〈金属は冷やされるどころか、急速に温度が上がっていきます。(中略)メルトダウンを止めるはずの水が、逆に放出を長引かせていたのです。(中略)原子炉内部では消防車による注水が原因で、放射性物質が出続けていました〉

 と再びナレーション。それを受けて橋本アナが、

〈注水が結果として裏目に出てしまったということだったんですね〉

 とまとめ、戸来久雄取材デスクが答える。

〈消防車による注水も、吉田所長が考え出した、いわば苦肉の策でした。(中略)わずかな水がですね、原子炉の状態をこれほど悪化させる、そのことも考えていなかったんです〉

 想定外の状況での場当たり的な対応が不幸を招いた、というのだが、先の諸葛氏が噛みついた。

「番組では専門家が“元々(事故対応の)マニュアルなんか全然できていませんからね”と語り、消防車による注水も“苦肉の策”とされましたが、まったくのウソ。私が事故直後からテレビで状況を解説するために、真っ先に取り寄せたのが、福島第一の事故時運転操作手順書で、そこに、なにがあっても注水しろと書いてあるし、すべて使えないときは、消防用ポンプを使って注水せよとまで書いてあるのです」

 奈良林教授も言う。

「不測の事態に備え、消防ポンプから消火用配管を経由し、非常用炉心冷却系を通じて炉心に注水できるように工事が行われていました。加えて、消防車のホースもこの配管に接続できるようにしてあったのです」

 だが、マニュアル通りの注水だったとしても、その結果、被害が拡大してはまずかろう。注水が〈事態を悪化させ〉た可能性を指摘したとされる専門家、内藤氏はなんと言うか。

「私は、ジルコニウムにかけた水の量が少ないと発熱反応が起きて温度が上がる、と言っただけ。温度が上がっていくと被覆管にひび割れが生じ、放射性物質はそこから出ます。ただ、事故が起きた時点で燃料はかなり高温になっていて、消防車で注水する前からひび割れは生じていたんです。それに、水をかけないほうがいいなんてことはない。もっとたくさんの水をかけられていれば原子炉は早く冷えた、というのを、水をかけるな、と受け取られたなら相当まずい。私の意図に反します。また、吉田所長の“苦肉の策”の注水で原子炉の状態が“悪化”した、というのも言いすぎ。苦肉だろうと、水は入れなければいけなかったのです」

 NHKが胸を張った〈新たな真実〉が、一緒に解析したはずの専門家によって否定されてしまった。

■「明らかな間違い」

 番組は先へ進む。再び橋本アナが驚いて問うた。

〈つまり消防車による注水が、この75%もの大量放出につながったというわけなんでしょうか〉

 すると戸来デスクが、

〈今回の分析では、大量放出の原因がそれだけではないということもわかってきました。3月15日の午後から始まる大きな放出の山があります。この山は、全体の10%を占める極めて大きな放出だったわけです〉

 と説明し、グラフ上の大きな山が示される。またナレーションが、

〈なぜかこの時間帯だけ、放射性ヨウ素が大量に放出されていたのです〉

 と指摘する。当該の時間は3号機で5回目のベントが行われており、再び登場する内藤氏によれば、

〈1回目、2回目、3回目のベントと5回目のベントは、かなり様子が違う〉

 のだそうだ。そこで、

〈それまでのベントで配管にたまった大量のヨウ素が、5回目のベントで一気に放出されたのではないか〉

 と仮説を立て、小実験で検証。ナレーションが、

〈ベントを繰り返したことで起きたとみられる10%の大量放出。事故の収束が長引く中で浮かび上がった思わぬ事態でした〉

 と断定し、橋本アナが、

〈ベントは原発の安全を守るためのものですよね。それが汚染拡大の原因の可能性につながっていたっていうことには驚きました〉

 と感想を述べるのだ。要するに、大量の放射能放出は、3号機のベントが原因だと断定しているわけだが、奈良林教授は、

「3月15日の午前中から2号機で放射性物質が漏洩し、汚染が進んだのは、当時のマスコミ報道などからも周知されています。3号機のベントが原因だというのは、私は疑わしいと思う」

 と疑義を呈する。NHKが一緒に読み解いた専門家はどう言うか。放出量推定について同局の取材に応じた日本原子力研究開発機構の茅野政道氏に聞くと、

「番組中のグラフは、私どもが発表した論文などをもとにNHKが作成したものです。私どもは福島県内および海洋の数十カ所で測定された大気の放射線量や濃度から計算し、どの時間にどれだけの放射性物質が原発から放出されたかを推定しました。しかし、あの時間になぜヨウ素が多かったかと問われても、私は環境面から研究している人間なのでわからないし、グラフの突出した部分が3号機の5回目のベントと重なると言われても、なんとも申し上げられません」

 すると、ベントが原因だと断じた専門家は内藤氏か。番組内でベントに言及していた専門家は内藤氏だけだが、ご本人は、

「大量放出には多くの原因があるかもしれない。そのひとつとして、3号機の地下埋設管に溜まった水がベントによって押し流されたということはあるのではないか――。私が言ったのはそういう可能性のひとつとしての話で、それが全体の10%もの放出を引き起こしたと断定したのだとしたら、明らかな間違いです」

 とハッキリ言うのだ。

■「意図が感じられる」

 こうしてNHKが、原発の“構造的な弱点”だと訴えたのは、消防車による注水とベントだったわけだ。

「原子力発電所が安全対策の柱にしているのはベント、それから消防車での注水です。この番組には、それらへの信用を失墜させようという意図が感じられます」

 そう憤るのは諸葛氏。また先の石川氏は、番組内容と別に、腹に据えかねることがあるという。

「拙著『考証 福島原子力事故』の中の“2号機の炉心状況の進展”という図の一部が、無断で3D化され、使われていたんです。図の燃料棒の折れ方や曲がり方などがそっくりで、いろんな人から“石川さんの絵、使われてるよ”と教えてもらいました」

 さて、必ずしも原子力の知識がない視聴者には、どう見えたのだろうか。上智大学の碓井広義教授(メディア論)に尋ねた。

「後半、橋本アナが〈今になってわかることがこんなにあるわけですよね。となると、私たちは原発の安全についてどう考えていったらいいでしょうか〉と尋ね、戸来デスクが〈つまり原発に100%の安全はないということです〉と答えている。この番組は、それを視聴者に伝えるためのものだと思いました。今、政府は原発再稼働に向けて動いていますが、国民の“本当に安全なのか”という思いもある。だから、再稼働にナーヴァスな報道はあっていいと思いますが、情報が正確で信頼に足る内容であることが必須条件です」

 そういう目で番組を見ると、たとえば、

「番組冒頭でアメリカの空母が放射線のデータを捉えていた、というナレーションが入りますが、そのデータとはなにか、最後までなんの説明もない」(同)

 これについては、奈良林教授が補足する。

「その空母の乗組員がNRC(米原子力規制委員会)の職員になっていたので、渡米して1月12日に聞いてみたのですが、“ヨウ素の上昇があって福島の事故を確認したが、それ以上のものはない”と言っていた。NHKは空母の映像で、番組にインパクトを持たせようとしたのでしょう」

 碓井教授の話に戻ると、

「“実態が浮かびあがってきました”“新たな真実”といったフレーズが散見されましたが、報道番組で“真実”なんて言葉は安易に使うべきでない。しかも、都合がいい結論に意図的に誘導したことがあったとしたら、大きな問題です。そうであるなら、専門家たちの抗議に具体的かつ誠実に答えるべきだと思います」

 NHK広報局は、3月15日以降の〈大量放出〉は、

「日本原子力研究開発機構が算出した、最新の知見にもとづくものです」

 と言うが、〈大量放出〉があったこと自体は、最新の知見ではない。また、

「(消防車で)注水すべきではなかったとは一切お伝えしていません」「3号機ベントも大量放出に影響した可能性を伝えたもの」

 と逃げ口上が続くが、番組随所での断定的な物言いはなんだったのか。専門家の一般論をだしに使い、身勝手に結論を導いていたのなら、奈良林教授の、

「朝日新聞の吉田調書についての誤報に匹敵する」

 という言葉も、あながち大袈裟とは言えまい。

週刊新潮 2015年2月12日号掲載

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