芥川賞作家が描く本当の物語/『少女のための秘密の聖書』
「西欧の作家たちは、この書物とキャッチボールをしていたんだな」
旧約聖書をはじめて読んだときの感慨を色川武大はこう記した。相撲好きの作家らしく、「実質はぶつかり稽古で、大きなものに向かって個人が身体全体で押し倒そうと挑んでいく」とも書いている。
「ヨブ記」や「ヨナ書」など聖書の物語をもとにした小説はこれまでにも数多く書かれてきた。正教会の信者でもある鹿島田の小説はそうしたものとは肌合いが違う。倉橋由美子『大人のための残酷童話』に似た不穏なタイトルをもつ本書は、聖書を押し倒したり、翻案して別の物語に膨らましたりするのではなく、作品の中に聖書のテキストを引き入れ、聖書を読むという行為そのものをひとつの小説につくりあげた。...