子供に十字架を背負わせる「キラキラネーム」命名辞典

国内 社会

  • ブックマーク

なんでもオーケー

 実は、キラキラネームの波が発生しているのは日本だけではない。『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー主演女優賞を受賞したグウィネス・パルトローは、娘をApple(アップル)と名付けて話題になった。パルトロー自身によれば「リンゴは聖書にも出てくるし、響きがかわいい」のだそうだ。「フルーツ系の名前の先駆者になろうとしている」という呆れ半分の報道もあったが、まだAppleという名は、世界で100人にも満たないといわれている。

 おなじく俳優で『リービング・ラスベガス』でアカデミー主演男優賞を獲得したニコラス・ケイジは、息子をKal-El(カルエル)と命名した。これはアメリカン・コミックの『スーパーマン』で、主人公の本名として登場する名前である。幼いうちはともかく、長じてから自分の名前が宇宙人のそれだと知った息子の気持ちは、いかばかりだろうか。

 ほかにも、カニエ・ウェストというアメリカの歌手が、娘にNorthという名前を与え、North West(ノース ウエスト)という駄酒落のような姓名にして話題になった。彼らはいずれもショービズ界の世界的なスターだが、日本の芸能人にも、この傾向は共通している。歌手で俳優のダイアモンド✡ユカイは双子を頼音(らいおん)、匠音(しょおん)と命名しているし、女優の土屋アンナの長男は澄海(すかい)。最近ではタレントの松嶋尚美が娘を空詩(らら)と名付けて話題になった。いずれ劣らぬ迫力である。

 だが、海外の一般人となると、少し事情が違う。諸外国には命名に関し、法規制が日本よりも厳しいところが多いのだ。スウェーデンでは、市民が家具小売チェーンからとってIkea(イケア)、ヘビーメタルのバンド名からメタリカMetalica(メタリカ)という名前を付けようとして、拒否されたことがある。オサマ・ビン・ラディンと名付けようとして、ドイツで拒否されたトルコ系夫婦もいる。

 ひるがえって日本。93年に東京都昭島市で、息子を「悪魔」と名付けようとした親の出生届が不受理となった例があるが、裏をかえせば、「悪魔」に匹敵するほど残虐性を感じさせる名前でなければ、なんでもオーケーというのが、この国の名付けの実情なのである。

 真九州(まっくす)、翠(えめらるど)、卓留(たっくる)、明日(ともろう)など、トンチを働かせれば読めるものは、まだ大人しいほうで、今や遊女(ゆめ)や心中(ここな)など、普通に読めばあらぬ誤解を生む名前もまかりとおっている。

 しかも、こうしたキラキラネームは、それを背負った子供たちに負の影響を与えることが多いという。

「私自身、自分の名前を他人にちゃんと読んでもらえなかったことが、命名研究を始めたきっかけです。今日も電話でホテルの部屋を予約するのに、名前の漢字表記が伝わらず、15分もかかってしまいました」

 そう語る牧野氏の名前は「恭仁雄」と書いて「くにお」。たしかに難読ではある。ホテルの予約ですら苦労するのだから、人生の転機には、もっと大きな不利益をこうむる人もいるかもしれない。

ふるいにかけられる

「筆記試験と面接の出来が同じ程度の受験生が2人いた場合、キラキラネームの人は敬遠されがちです。今、学校にとって大きな問題がイジメです。キラキラネームはからかいの原因になりやすく、高じてイジメにつながる可能性がある。それに、キラキラネームを付ける親御さんには、モンスターペアレントなのではないかという予断を持ってしまうんです」

 と言うのは、私立中学で長年、入試を担当してきたベテラン教諭。キラキラネームの“被害者”には、こんなケースもある。

「小学校の同級生の女子のことなんですが……」

 と述懐するのは、神奈川県内の私立高校に通う男子生徒だ。ちなみに、彼の名前は日本的でオーソドックスなものである。

「彼女のご両親は、子供が世界を股にかけて活躍することを願って、ヨーロッパのある都市と同じ名前を付けたんです」

 橋本聖子参議院議員が次男を朱李埜(とりの)と名付けたのは記憶に新しいが、これに似たパターンの名前だ。男子生徒がつづける。

「その名前は、たしかに文法的には女性名詞ですが、そんな名前を付ける両親だからやっぱり独りよがりで、娘が小学校に入ると“学校がやることはくだらない”“先生がダメだ”などと言いつづけた結果、娘は不登校になってしまった。その後、無理矢理海外へ留学させられましたが、ひっそりと帰国し、それ以来、自宅にひきこもっているようです。噂では、海外でも名前をからかわれたとか」

 親の独りよがりの、なんと罪作りであることか。

“被害”に遭わずに成人することができても、その後にも関門が待ち受けている。就職活動でも、キラキラネームは思わぬ事態を招いているというのだ。人材研究所の曽和利光社長は、

「採用の現場では、学生の名前に直接的に言及することはできません。厚生労働省の“公正な採用選考に関するガイドライン”があり、コンプライアンスの面からも、名前のように本人の適性などと無関係のことについては、質問しないことが徹底されています」

 と言うが、あくまでもそれは建て前の話。

「正直なところ、大手企業の就職活動で、ある程度の段階まで残っている学生さんの中に、キラキラネームをお持ちの方を見た記憶はほとんどありません」

 と語るのは、大手企業の人事に長年かかわってきたコンサルタントの男性だ。

「世の中にこれだけキラキラネームがあふれているのに、何回もの面接を潜り抜けてきた学生さんに、そうした名前がほとんど見当たらないのは、それ以前の段階でふるいにかけられてしまったということです。企業は、その名前も、それを付けた家庭環境も気にしているわけです」

 それでもなお、キラキラネームの持ち主が内定を勝ち得た時には、

「それとなく命名の由来を探りますね。やはり、突飛な名前の持ち主に対しては、“この人は大丈夫なのだろうか”というバイアスはかかりますよ」(同)

 また、先の牧野氏は、こんな弊害も起こりうると予測する。日本の司法システムにまで影響をおよぼすという話である。

「変な名前を付けられてしまったお子さんが取れる最後の手段は、裁判所に申請して改名することです。家庭裁判所に“正当事由”と呼ばれる理由と希望する名を書き込んだ『名の変更許可申立書』を提出して、受理されれば改名できます。これだけキラキラネームが増えると、将来的にこうした申請は激増することが予想されます。ところが、家庭裁判所は全国に50カ所しかありません。たくさんの申請に裁判所が対応しきれるかどうか。パンクしてしまうでしょうね」

 キラキラネームは、もはや個人の問題にはとどまらず、社会システムすらも揺るがしかねないようだ。

次ページ:個性を求めすぎる代償

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。