誰もが頭を悩ませる「録画したまま溜まってゆく番組」をどんどん消化する方法 「イグノーベル賞」を受賞した日本人学者の実に凄い研究(3)
イグノーベル賞といえば、くだらないという意味の「Ignoble」とノーベル賞をかけた「裏ノーベル賞」と言うべきもの。その受賞者が普段から手がけている研究は、実に凄いものばかりだった。科学ジャーナリストの緑慎也氏が日本人受賞者たちが普段何を考え、研究に取り組んでいるのか、授賞対象以外の研究に迫った。
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「イグノーベル賞が自分の研究の方向性を決定づけた」と、36歳の情報科学者・栗原一貴(津田塾大学准教授)は言う。
「受賞以来、あえて誰かが怒りそうな要素はないか、と戦略的に探すようになった」
音響賞(12年)の対象になったのが、栗原の発明した「スピーチジャマー」。自身の言葉をほんの少し遅れて聞かせることで、その人の発話を妨害する、つまり、おしゃべりな人を黙らせる携帯可能な装置だ。
「人に喜ばれたいと思って真面目な研究をした時期もある。しかし最近では、熱狂的に喜んでくれる人がいる一方、お怒りになる方もいるような物議を醸すものを開発したいと思っています。時々真面目な研究をすると、『栗原のくせに』とか言われます(笑)」
彼の研究から生み出された数々の作品は、どれも風刺がきいて、高度に発達した情報化社会の盲点をえぐり出すものばかりだ。
たとえば、映像の極限的な高速観賞を可能にした「CinemaGazer」。字幕付き映像に対して、字幕のない箇所は高速再生、字幕のある箇所は字幕が読める限界の速さで再生するソフトウェアだ。彼のホームページには、元の長さの38・7%に圧縮した「忙しい人のための240秒で観るスーパーマン」や、19・3%に圧縮した「もっと忙しい人のための120秒で観るスーパーマン」のアニメ動画が公開されている。視聴すると、かなり駆け足だが、一通りの内容を理解できた。字幕がない映像の場合でも、話し声が入る部分は2倍程度、話し声のない部分は5倍程度とメリハリをつけることで、高速観賞するシステムも開発済みだ。
コンテンツが多すぎるという視聴者の悲鳴に応えて、これを作ったという。今は、テレビ番組の全チャンネル録画も可能な時代。観たい番組を録っていると、一生かけても見切れない量が溜まってしまう。筆者の家にも録画したまま放置してあるDVDが山ほどある。これをどうするか、かなり切実な問題だ。
「当然ながら、作品の作り手からは反発、怒りの声が寄せられています。『そこまでして速く観たいのか』と言われます。しかし、自分の好きな作品をCinemaGazerで観る必要はない。観た方がいいのか、それとも観ない方がいいのか、微妙な領域にある作品を何とかしたかったんです、人生に負の遺産を残さないように(笑)」
■リア充に奪われたコンピュータ技術を取り戻す
冗談だか本気だか区別のつかない作品も多いが、「情報技術を使ったコミュニケーションの円滑化」が栗原の研究のメインテーマ。この領域で筆者の目を引いた研究が、西田健志(神戸大学准教授)らと共同研究で開発した「超消極的な人でも安心して使える学会での交流促進システム」。
大勢の研究者が集まる学会では、たいていの場合、泊まり込みで参加する人のために夕食会が設けられる。参加者があらかじめコンピュータで自分の座りたい席を希望できるシステムを作る場合、すぐに思いつくのは、隣に座りたい相手を直接指名するシステムだ。
しかし、それでは恥ずかしがり屋の人には使いづらい。もし、夕食会が始まって、自分と、自分が指名した相手の他、近くに誰もいなければ、自分が指名したと相手にすぐにバレてしまう。それが怖くて指名できないくらい消極的な人がいるのだ。筆者もパーティーは苦手で、話したい人に話しかけることもできず、ポツンとさびしく過ごすことがあるから、その気持ちがよくわかる。
栗原らが作ったのは、誰と誰を隣の席に座らせたいか、第三者が希望を出せるシステム。こうすれば、決まった席を見ても誰が誰を希望したかわかりにくくなる。どうしてこのようなシステムを作ったのか。
「リア充とかコミュ充と呼ばれる人たちに独占される場を、情報技術を使って改善していきたい。小さい頃、はじめはゲーム作りの道具でしがなかったコンピュータが、自分を含めたコミュニケーション弱者の力になるとだんだんわかってきた。それからますますコンピュータに熱中していった。ところが、今は元々コミュニケーション能力の高い人がもっとその力を発揮できるように情報技術が使われている。フェイスブックはその典型です。私は、格差を広げるのではなく、縮めるために情報技術を応用していきたい」
科学ジャーナリスト 緑慎也