B級グルメのメガシティー/『米国人一家、おいしい東京を食べ尽くす』
東京がミシュランの星の数でパリを凌駕する美食の都であることは、知識としては知っていても、日々の食生活でそれを実感する機会はそうはない。空腹で足を踏み入れたデパ地下の惣菜売り場で、軽い目まいを感じることはあったとしてもだ。本書の著者はアメリカ・シアトル在住のフードライター。2012年の盛夏、妻と8歳の愛娘と来日し、中野の1DKのアパートで一月ほど過ごした。著者の“師匠”は山岡士郎。そう、人気漫画『美味しんぼ』の主人公である。とはいえ、著者が目指すのは「究極のメニュー」などではなく、身近な商店街で出会うありふれた食べ物。具体的にいえば、鮨に焼き鳥、焼肉、うなぎ、天ぷら、トンカツ、弁当、惣菜、ハンバーガー、日本風洋食、麺類など。
ラーメンのトッピングでは味付け卵に感動し、「自分の箸で卵を崩して、鮮やかなオレンジ色の半熟の黄身が見える瞬間がたまらない。冷たい卵と濃厚なスープの組み合わせは魔法のようだ」と書き、デパ地下を、「そこはボルヘスの『バベルの図書館』を食品で再現したような空間」と表現する。スーパーやコンビニの惣菜を味わい、たこ焼きやお好み焼き、アイスクリームやスイーツにも情熱を燃やす。築地の魚市場を覗き、宇都宮へ出かけ「74種類」の餃子を食べさせる店で「湯葉の餃子」を注文する。猛暑の食べ歩きの経験から夏に相応しい一品、「青唐すだちしょうゆうどん」を見いだしたのはお手柄だ。一家が楽しんだのは食べ物だけではない。箱根の温泉や台場の大江戸温泉物語、猫カフェを体験し、スカイツリーに登り、隅田川の花火大会も観た。著者は東京を「あまりに非現実的で、魅力に満ちあふれた『magic(マジック)』[夢のよう]な場所」という。本書を読むと、日頃、何気なく立ち寄る商店街の食堂や、居酒屋が輝いているように思えてくる。著者には是非とも、次回は「食い倒れ」の街、大阪を訪れて頂きたい。