「向こう側」を追究した西洋哲学の偉人たち/『ヨーロッパ思想を読み解く:何が近代科学を生んだか』
東アジア思想を専門にする著者が、なぜ西洋哲学の入門書を? と思いながら読み始めると、すぐにその答えが書かれていた。「非西洋の哲学や思想を見てきた私には、西洋哲学の特異性がはっきり見えてくる部分もある」。西洋哲学の名著を読んで挫折するのは、頭が悪いのではなく、日本とは違う西洋の思考になじみがないからだとの言葉は勇気を与えてくれる。
そのキーワードとなるのが「向こう側」である。本書によると「向こう側」とは、プラトンが「イデア」と呼んだ「物事の真の姿」、つまり「本質」であり、我々が五感では感じ得ない見えない世界である。日本人にとって、こちら側ではない向こう側はすなわち「あの世」であり異界である。しかし、ヨーロッパではこちら側とあの世の間に「向こう側」がある。西洋哲学の偉人たちは、この「向こう側」にある普遍を追究した。それが近代科学の発展につながっていったのだ。
本書では、「向こう側」へのアプローチの仕方を軸に、カント、フッサール、ハイデガー、ニーチェ、デリダなどの思想を、例えば「こちら側に引きこもったフッサール」「向こう側を殺そうとしたニーチェ」などのように解説する。それぞれの解説の前には師弟の問答を添え、問題を整理してくれているので、さらに理解しやすい構成にもなっている。
読んでいて面白かったのは、これまで理解できなかった西洋思想が腑に落ちてくるようになればなるほど、日本について考えている自分に気付いた時だった。日本では「向こう側」がないため、普遍や本質といった「論」よりも「実」を取る。その結果、科学理論ではなく職人技の「技術」が発展したのではないか。理想より現実を優先してきたから、世界標準のルールを作るのは不得意だが、世界から尊敬されるサービスや精巧な製品をつくるのではないか等々。西洋思想を解説した本書は、日本について考えるための良き視点をも提供しているのだろう。