殺しのライセンスを持つ米の影の軍隊/『ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業』

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 傭兵という言葉は古くて新しい。

 この本の主役、急成長を遂げたアメリカの傭兵企業「ブラックウォーター」の創始者エリック・プリンスは、ラファイエット公園の、独立戦争で米国側に立って戦った四人の傭兵像を引き合いに、「契約要員を戦場に送るという考え(略)は目新しいものではない」と述べている。

 だがこの本で描かれる現代の傭兵像はそうした「正義の傭兵」のイメージとかけ離れたものだ。九・一一の同時多発テロを機に交戦状態に入ったアメリカで「最大の受益者」となった影の軍隊は、虎視眈々とビジネスチャンスを窺う。

 アフガニスタンやイラクの占領を彼らなしで進めることは不可能だった、と著者はみる。傭兵企業の急成長を支えたのは民営化を推し進めるブッシュ政権だ。

 政府高官で、のちに経営陣に加わった人間は少なくない。傭兵を超法規的存在に置くべく動いたのも彼らで、正規の軍隊ではないから軍法で裁かれることもなく、現地の法律やアメリカ国内の法律でも裁かれない。罪のないイラク市民を虐殺したことや戦局を悪化させたことが明らかになっても、これまでのところ罪や責任を問われた者はいない。

 傭兵産業には経済原則だけで測れない一面もある。過激派カトリック組織への資金提供者でもあるプリンスをはじめ関係者にはキリスト教原理主義者が多い。「聖戦」を信じているのはイスラム教徒だけではないのだ。

 恐ろしいのは「ブラックウォーター」が常に派遣先を探していることで、ルイジアナがハリケーンに襲われたときは、被災地の治安悪化が報じられるや武装した傭兵が派遣され、巨額の報酬を得た。国境警備や、まったく知らなかったが在日米軍基地にも派遣されている。訳者あとがきによれば、シリアやウクライナの動乱でも存在が確認されたという。

 より安い労働力を求めチリやコロンビア、南アフリカの兵士もリクルートしている。将来は国連やNATOの多国籍軍に替わる存在をめざすらしいが、「翌日までに物を届けたいとき、郵便とフェデックスのどちらを使うだろうか」と語る人物が巨大な民兵の軍を支配する現実はディストピア小説じみて背筋が寒い。

 本書をきっかけにアメリカの傭兵企業の実態が明るみに出るようになった。激烈な告発調、読みやすさを度外視した執拗なまでの事実の積み重ね、既存メディアへの敵視。米国の秘密監視体制を告発する「スノーデン・ファイル」を報じた、グレン・グリーンウォルドの『暴露』に似たものを感じる。著者とグリーンウォルドは、一緒に調査報道オンライン誌「The Intercept」を運営しているそうで、独立系ジャーナリズムの存在感が増しているのを実感する。益岡賢・塩山花子訳。

[評者]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

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