ラフカディオ・ハーン一族の「不思議な話」/『怪談四代記 八雲のいたずら』
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の曾孫にあたる民俗学者が、一族に伝わる、もしくは、自分の身に起こった、“不思議な話”の数々を書いたエッセイである。
子どものころから曾祖父ゆずりの放浪癖がある著者は、ギリシャの島やアイルランドなど、祖先ゆかりの土地を旅し、ハーンが四歳の時に生き別れになった母ローザを知る人、ハーンの大ファンという人々に思いがけずめぐり合ってきた。
中には単なる偶然、と言ってしまえばそれまでのできごともある。そこは、“不思議な話”を語り伝えてきた一族の末裔だけに、著者は旅先の偶然の出会いを深く心にとめ、それがまた、さらなる出会いをもたらす。
旅先だけでなく著者が家にいるときも、祖先は不思議な縁を招き寄せる。ハーン姓のアメリカ人女性が訪ねてきて新たな旅のきっかけをくれたり、ハーンの息子である一雄が親友ボナー・フェラーズへ出した手紙をお返ししたいと、ニューヨークの古書商がメールで連絡してきたり。「凡」という著者の珍しい名前は、マッカーサーの軍事秘書だったフェラーズの「ボナー」にちなんでおり、それを旧友に知らせる一雄の心情を、古書商から入手した手紙から知ることにもなった。
さまざまな、家の伝承が挿入される。ハーンの妻となったセツが、夫のことを、「もしかしたら狐の化身ではないか?」と疑っていた、というエピソードは、なかでもおかしい。怪談蒐集でよく夫を助けたセツは松江生まれで、小さいころから周りの大人に「お話してごしない(お話してちょうだい)」とせがむお話好きの子供だった。アイルランド育ちのハーン自身、霊的感受性に富む人だったが、パートナーとしてこれほどふさわしい人はいなかったに違いない。
鷺をめぐる物語も忘れがたい。ハーンにはもともと「鷺」の意味があり、ハーンがつくった鷺の家紋入りの紋付は代々、小泉家の男子に継承されてきた。ハーン一家が鷺の雛をもらったときは、育てて群れに返してやった。戦争中、著者の父、時の載った船が沈没したときは、味方の水雷艇「鷺」に救助されている。
ハーンが聞かされたアイルランドのお話が日本の家族に伝わり、ハーンが日本で蒐集した顔のない幽霊の怪談が、日系移民を通してハワイに伝承されたという。海を渡り、時代をまたぎ、人智を超えたところで脈々と生き続ける“不思議な話”は、社会の外側から人間を照らし、超自然へ目を向けさせる意味をもつ。
著者の祖父一雄も、父時も、ハーンの記憶を本にした。著者の息子は三歳のとき宍道湖の落日を見ながら、「あっ、ヘルンさんが夕陽を見てすましてる!」と叫んだそうで、霊的感受性の面でも五代目の語り部を引き継ぐ資格十分だ。