STAP騒動 科学者たちはどの時点で疑問を持ったのか――「STAP細胞」とは何だったのか? 科学者本音座談会(1)

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 小保方晴子(おぼかた)博士(30)らが1月28日に会見を開いてから半年余り。その間、めまぐるしいほどに疑惑が浮上し、小保方氏のみならず、科学そのものへの信頼までが崩れ去った。それほどの影響をもたらした「STAP細胞」とは何だったのか。科学作家の竹内薫氏の司会の下、生物や細胞に近い分野が専門の気鋭の科学者たちが、縦横無尽に語った。

 司会 竹内薫   科学作家
    池田清彦  早稲田大学国際教養学部教授
    榎木英介  近畿大学医学部講師
    緑慎也   サイエンスジャーナリスト
    丸山篤史  医学博士

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竹内 STAP細胞を、僕は最初、ツイッターで知ったんです。「ものすごい発見があったようだ」とツイートする人がいて、何だろうと思ったら、いきなり一般メディアを巻き込んだ大騒ぎになりました。

榎木 「日本のリケジョがすごい発見をした」という書き込みをフェイスブックで読み、期待が高まったところで報道が解禁されました。僕は発生学のバックグラウンドがあるので、「弱酸に漬けるだけで細胞が初期化するなんて、そんなことがあり得るのか!」と、本当に驚きましたね。

丸山 周りの研究者と「本当にこんなことが起きるのか」と、侃々諤々の議論になりました。細胞の分化は丸いボールが坂道を転げ落ちていくイメージで、そこには無数の分かれ道がある。そして、坂を下ったボールが急に遡ることなど考えられなかった。だからSTAP細胞は、過去に誰も考えなかった魅力的で独創的なストーリーでした。

 ちょうど読んでいた池田先生の『生きているとはどういうことか』という本にも、ショウジョウバエの胚にエーテルを吹きかけると、本来は2枚しかない羽が4枚になるという例が出ていました。外部刺激で細胞の万能性が復活することは、自然界ではあり得るという話です。だからSTAP細胞も、非常に面白いと感じました。

池田 小保方さんが割烹着姿で実験する映像などを見て、会見が大げさだと感じましたが、STAP細胞は面白いと思いました。最近はエピジェネティクスといって、遺伝子自体ではなく、それに外部刺激を与えるとアクティビティがどう変わるかが大事になっています。そうした実験を重ねていけばSTAP細胞のような発見があってもおかしくないと。こんな簡単なやり方を今まで誰も試さなかったのは不思議でしたが、彼女には特殊な実験能力があるんだと思った。その後、「ネイチャー」誌で2つの論文を読んでも、ウソだとは思いませんでした。

榎木 私が知るかぎり、科学の世界の発表は、大規模なものでも、会議室のテーブルで研究者がパワーポイントを使って説明する風景です。割烹着にムーミンで、“エア実験”風景まで撮らせている。ちょっと考えられない会見でした。

丸山 税金で研究している機関にとって、マスコミ向けに会見を開くことは文科省へのアピールにもつながる。その意味では、お手本のような会見でしたが、しかし細胞生物学であの研究室は、初めて見ました。当初は同じ研究者として、正直、羨ましいなあと。あれが本当だったら、研究者としての将来は約束されたようなものですからね。

 会見後、友人の生命科学系の女性研究者が「私なら極力、女性色を排すると思う。結果に自信があればあるほど簡素に淡々と話すだろう」と言っていました。女性研究者は基本的に男になめられているから、女性色を出すことはしないと。

竹内 その後、「あれ?」と思われたのは、どの時点だったのでしょうか。

榎木 写真の加工疑惑などは静観していましたが、3月上旬にSTAP細胞のプロトコルが公表された。そこで「STAP幹細胞にTCR再構成がない」と発表されたのを読んで、さすがにそれはマズいんじゃないかと思いました。

竹内 わかりやすく言うと、どういうことですか。

榎木 免疫の細胞は、無数に存在する細菌やウイルスなどの抗原に対応するために、複数のパーツを組み合わせて遺伝子の構造を再構成します。TCR遺伝子がそういう構造変化を起こすのはリンパ球の一種で免疫細胞であるT細胞だけなので、小保方さんらは、STAP細胞がマウスの脾臓から抽出したリンパ球を処理してできたことを証明するために、TCR再構成をメルクマールにしてきました。

池田 T細胞ができるとき、遺伝子がブツブツと切れて、それが再びくっつく。そうした組み換えが起きるのがTCR再構成で、それによって、ほとんどすべてのT細胞は異なる遺伝子を持つことになる。STAP幹細胞のTCR再構成を調べれば、T細胞が分化しているのがわかるんです。

竹内 つまり、いったんT細胞という非常に変わった細胞に分化していたものが、外部からの刺激でSTAP細胞になったという証拠になるわけですよね。

池田 プロトコルが発表された日、テレビ局から電話があって、小保方さんに好意的なコメントをしてしまった。その後、帰りの電車の中で読むと、終盤のほうに「STAP幹細胞にはTCR再構成がなかった」と書かれていて、榎木先生同様、これはマズいぞと。多くの生物学者は、あの時点でぶっ飛んだと思います。

丸山 僕はTCR再構成がないという記述を見て、逆に面白い現象だと思ったんです。最初から常識を覆す発見なわけで、STAP細胞がSTAP幹細胞になるとき、再構成の形跡が消えると解釈すると、なぜそんなことが起きるのかという新しいテーマになると感じたんですけどね。

池田 それから、よく考えたらT細胞からできたらマズい、と思いました。

榎木 免疫不全になってしまいますよね。

「特集 威信と信用が音を立てて崩れ去った 『日本科学者』本音座談会 『STAP細胞』とは何だったのか?」より

週刊新潮 2014年8月28日秋風月増大号掲載

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