国際的保守主義のススメ/『日本人に生まれて、まあよかった』
本書のタイトルは、夏目漱石が明治42年に満州、韓国を旅した際に書いたエッセイの一節から採られている。「まあ」の二字に、漱石の、自らの判断を一呼吸おいて冷静に見返す余裕と、ファナティックな愛国主義に与するものではないという知識人としての矜持が感じ取れる。
著者は1931(昭和6)年生まれの東京大学名誉教授。ダンテ『神曲』やボッカチオ『デカメロン』などの翻訳から、夏目漱石、竹山道雄などを通しての文明批評まで幅広い著作をもつ比較文化史家で、「反体制」ではなく「反大勢」を自認する。また、独・仏・伊への留学経験をもち、北米、中国、台湾などで教壇に立ったこともある国際派でもある。
その経験を踏まえ、著者は「東アジア諸国の中で日本のように言論の自由が認められている国に生を享(う)けたことは、例外的な幸福であると感じています」と公言し、日本人の自己卑下的な思考を批判し、「日本再生の処方箋」を披露する。
なかでも、長年、教職にあった著者が経験に基づいて紹介する、古典の英訳を通じて学ぶ語学習得法や、母語と複数の外国語を学ぶことで得られる「文化の三点測量」、英才教育の復活の必要性などは傾聴に値する。また、「日本と外国に跨(またが)るだけでなく、現在と過去に跨った人、そしてそうしたバランスのとれた文化の三点測量をする能力のある人」、すなわち「多力者(たりきしゃ)」を養成する必要性にも説得力がある。
「職に命を賭(と)する人間を養成できないようでは、日本の最高学府は真の尊敬に値しない」という、我が国の大学教育の現状に対する指摘も重い。
著者は、自虐史観を批判する一方で、「自国の歴史のみが清白で自国の道徳のみが高尚だとするのは幼稚な主張です」とも書くバランス感覚の持ち主でもある。偏狭なナショナリズムが声高に叫ばれる昨今、著者が披瀝するような、成熟し、国際的な視野を持つ保守主義が益々重要性を増しているように思える。