臓器はなぜ今の形になったのか/『図解 内臓の進化』
一般的にいう内臓、あるいは五臓六腑など古来の用法でいう内臓と、西洋医学の内臓学が対象にするそれとが必ずしも一致しないことを本書で初めて知った。後者の内臓とは呼吸器系、消化器系、泌尿器系、生殖器系、内分泌系諸器官の五者のみで、たとえば神経系の脳や、循環器系の心臓、脾臓などは含まれない。
本書ではそうした近代医学の通念に即しつつ、まず五章を費やし脊椎動物の内臓系五種の、それぞれの機能や起源が論じられる。さらに追加した一章で、最も成功(繁栄)した無脊椎動物たる昆虫類の内臓との比較がなされる。その際、用意される視座は明らかに「進化」である。内臓も当然、進化とともにさまざまに変化を重ね、今ある姿になってきたわけで、進化の相の下に眺めることで初めて、雑多に見える内臓現象がまとまりある一つの風景に収まってくるのだ。
動物の基本体制は、単純にいい切ってしまえば口から肛門にいたる一本の消化管に、その管を食物や性配偶に近づけ、危険から遠ざける移動器官が付着したもの。残りは付属器官・機能と見てよい。食を担う消化器系が最重要器官であるのはいうまでもない。初めほとんど直線だった消化管が、円口類から魚類、両棲類、爬虫類と進化するうちにJ字型になり、くびれ、のたうち、袋状になり、肝臓・膵臓などが消化腺として生まれてくる様子は、何にたとえたらいいのか。
ところで著者は、消化器系の歴史で最も画期的なのは肉食から草食への移行だという。肉食が基本の動物たちは常に食糧不足に悩んだ。もし豊富で逃げることをしない植物を食べられたら、食糧事情は一気に好転する。それを果たしたのは古生代後半の石炭紀(約三億年前)に生きた四足型爬虫類らしい。もともと植物セルロースを消化する力に欠ける彼らの採った戦略は、セルロースを分解する細菌を消化管内に共生させることだった。まず細菌に分解させ、その生成物を頂戴すればよい。ただしセルロースを発酵させるスペースは必要で、草食動物の消化管は徐々に長くなっていった。
肛門は食べ物カスの排出口である。泌尿器系は血液を通じて集められた全身の老廃物の排出器官で、その出口もまた肛門の近くにある。おしなべて出口は後ろ側に位置するのか。生殖を精子、卵子の排出と捉えるなら、生殖器系の排出口もその近傍だ。じっさい精子、卵子、尿の三者がミュラー管、ウォルフ管という二本の排出管を奪い合う様子は、動物ごとに異なり、激しく、いじらしい。
進化の視点を得ることで、無味乾燥なはずの臓器論に格段の深みと面白みが加わった。が、なぜかヘッケルの有名な「個体発生は系統発生を繰り返す」への言及は一切なされていない。それは哲学であり科学ではない、とされたからか。