「支那や朝鮮に生まれなくて良かった」と書いていた文豪
韓国や中国への反発、嫌悪感、懐疑心を示す書籍の売れ行きが好調だ。かつては『嫌韓流』のヒットがあり、近年では『悪韓論』に始まり、『呆韓論』『侮日論』『韓国人による恥韓論』等々。週刊誌でもそうした路線の記事は多い。一方で、こうしたトレンドに対して、批判的な見方を示す人もいる。そうした立場の意見を反映したのが、2月11日に朝日新聞が掲載した「売れるから『嫌中憎韓』 書店に専用棚 週刊誌、何度も」という記事だろう。個々の記事や書籍の中味を検証することはなく、「売れるから」こういう本が出ているのだ、と批判的なトーンで記事は書かれている。
国際人・漱石の所感
そうした人たちから見ると、『日本人に生まれて、まあよかった』(新潮新書)というタイトルも、また警戒すべきナショナリズムの顕れと映るのかもしれない。著者は平川祐弘東大名誉教授。比較文化史の大家である平川氏がこれまでの人生を振り返りながら、自己卑下的な思考からの脱却を日本人に勧めた日本論である。
もっとも、タイトルに抵抗を示す人が知っておいたほうがいいことがある。タイトルの由来は、かの文豪、夏目漱石が明治42年に書いた「韓満所感」というエッセイにある一文だということだ。
このエッセイは、満州、朝鮮を旅したときの所感を述べたもの。その結びに近いところには、以下のような文章がある(一部、現代文に改めた)
「歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸いにして日本人に生れたという自覚を得たことである。内地(日本)で肩身がせまく世間に気兼ねしながら暮らしている間は、日本人ほど憐れな国民は世界中にたんとあるまいという考えに始終圧迫されてならなかったが、満州から朝鮮に渡って、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となっている状態を目撃して、日本人もはなはだ頼もしい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた。
同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくって、まあよかったと思った」
英国留学経験を持ち、当時としては最先端の国際人であった漱石がこのように述べていたこと、加えて当時彼が朝日新聞の社員でもあったことはなかなか興味深い。
右か左かは相対的
前出『日本人に生まれて、まあよかった』にはこんな文章がある。
「世間には『朝日新聞』の主張と異なる意見を述べると、『日本の右傾化』と騒ぐ人がおります。だがそうした人は『朝日新聞』の左傾化という現象に気がつかない、やや鈍感な方ではないでしょうか。右か左かは相対的な見方です。(略)
自国についてことあるごとに自慢する人はいささか幼稚で笑止ですが、自国についてことさらに否定的な見方をすることが良心的だと思う人も精神の倒錯でしょう」
平川教授のこの意見には、「まあその通り」と思う方も多いのではないだろうか。